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火刑台の薬剤師〜いや、それ呪いじゃなくて病気です〜  作者: 大棗ナツメ
第2章

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17 死の舞踏11

 夜の帳が、ゆっくりと街を覆いはじめた頃。


 領主館の最上階、風だけが通る静かな屋上に、遥香とレオニスは並んで立っていた。


 小高いこの城から見る街は、落ち着いた灯りをぽつぽつと灯し、まるで遠くから見る星のように穏やかだ。


 冷たい風が頬を撫でたが、不思議と寒さは感じなかった。


「本当に、終わったんですね」

 遥香は街の灯りを見ながら、そうしみじみと呟いた。


 レオニスは城砦に片手を置き、街を見下ろしたまま静かに答える。

「ああ、お前のおかげだ」

「わ、私……?」

「あの状況で、あれほど冷静に証拠を示せる者はいない」

 穏やかな声だった。

 その中には、先ほど裁判で見せた威圧的な“領主”の面影はもうない。


「はは、震えてばかりでしたよ」

 そう言って笑ったが、胸の奥ではまだ鼓動が早い。

 あの瞬間を思い出すだけで――足の力が抜けそうになる。


 証拠を示しはしたが、レオニスが居なかったら審問官と司祭によって、理不尽にも有罪になっていたことだろう。


 ――もし、彼があの場にいなかったら。

 そう思うだけで、背筋が冷えた。


「レオニスさんが、いてくれたからです」

 遥香がぽつりと言った。


「……正直に言えば」

 レオニスは視線を落とした。

「お前を失うかもしれないと――思った」

 その声は、裁判のときよりもずっと低かった。

「……っ!」

 遥香は目を見開いた。


 沈黙がしばらく続いた。

 街の灯りが揺れる。風が髪を揺らし、遠くで鐘の音が小さく響く。


 やがて遥香がぽつりと尋ねた。

「……あの、司祭と審問官は、どうなったんですか?」

 レオニスは短く息を吐き、視線を街へ戻す。

「騎士団が拘束して尋問した。だが、上からの指示だということしか、分からなかったらしい」


「分からない?」

「知らなかったようだ。おそらく、彼らも大きな権力の末端に過ぎない。利用されたのだろう」

 遥香は胸の奥が少しだけ痛んだ。

「そう……なんですね」


 レオニスは続ける。

「お前を騙った“黒髪の女”についても調べた。右肘に傷跡がある者を、修道院と教会で探させたが、痕跡すらない」

「逃げたんでしょうか?」

「逃げたか、最初から別の場所に潜んでいるのか……だが、必ず追う」

 遥香は小さく頷くしかなかった。


 また沈黙が続いた後、遥香はぽつりと呟いた。

「本当に、領主……なんですね」

 その問いかけは、今さらながらの戸惑いを含んでいた。

 今日一日、何度も胸の中で反芻した疑問だった。


 レオニスは腕を組み、少し気まずそうに言う。

「厳密には領主代理だ。現領主は父だが、今は病の為、代理で権限を移されている」


「なるほど。だから、あの司祭も顔を知らなかったんですね」

 遥香は納得するように頷いた。

 審問官と司祭の驚いた顔が、頭に浮かぶ。


「それに……」

 そこまで言うとレオニスは言い淀んだ。

 珍しいこともあるものだ、と遥香はちらりとそのレオニスの横顔を見上げる。

「“領主”と名乗ると、どうしても距離を置かれるからな」

「距離?」


 レオニスは遥香に向き直ると、じっと視線を合わせる。

 そして、ぽつりと小さく呟いた。

「それが……嫌だった」


 遥香の心臓が胸の奥で跳ねた。裁判のときとは違う、熱く苦しい鼓動だった。


「……わ、わ、私は、ただの一介の薬師ですけどね……っ!」

 高鳴る胸を隠すように、わざと明るく声を張った。


「それが、どうした?」

 レオニスは一歩近づいた。

「身分などは関係ない。俺は、遥香を一人の人として見ている」

 そう言って、レオニスはそっと遥香の手を取った。

 大きな掌の温もりが、逃げ場なく伝わる。

 ほどこうと思えば、すぐにほどけるはずなのに――指は動かなかった。


 遥香は、目を伏せた。

「……ありがとう、ございます」

 こちらに来てから、遥香は嫌というほど身分の壁を見てきた。

 だが今、彼女の前には、ただ一人の人として遥香を見てくれるレオニスが立っている。


(この人の隣に、立てる自分でいたい)

 そんな願いが、胸の奥にそっと芽生えた。


 レオニスはわずかに微笑むと、そっと彼女の横に立ち、同じ景色を見下ろす。

 まるで、裁判の喧騒が遠い昔のことのようだ。


「これから、どうする?」

 レオニスが尋ねる。

 遥香はしばらく考え、微笑むと答えた。

「そうですね。また薬師として、街の役に立てたら嬉しいです。騎士団と、一緒に」

 レオニスは小さく頷き、遥香の言葉を受け止めるように目を細めた。

「そうか」


 そして、少しだけ真剣な表情になる。

「だが……もし、また危険が迫るなら、必ず頼れ」

 レオニスの言葉に、遥香は胸の奥がキュッと締め付けられるような感覚を覚えた。

「……はい」


 遠くで風が鳴り、夜の街の灯りが揺れた。

 屋上から見える景色は、どこか新しい世界の入口のようにも思えた。


(ここで、生きていけるかもしれない)

 遥香は、初めてそう思った。


 そうして、二人はしばらく沈黙のまま、肩を並べて夜景を眺めていた。


 言葉はなかったが、不思議と遥香の心は満たされていた。

 静かで、温かな余韻だけが風に揺れていた。




 しかし、遥香は知らない。

 その夜。

 城下の闇の中で、黒髪の女が静かに微笑んでいたことを。


「次は、逃さない」





 第2章 終

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

第2章は、事件の解決だけでなく、遥香自身が疑われ、魔女裁判にかけられるという展開になりましたが、いかがでしたでしょうか。

そして、レオニスと遥香の距離も……少しは近づいたような……?

いや、まだまだですね。


第3章では、さらに物語が大きく動いていく予定ですので、引き続き見守っていただけたら嬉しいです!


もし、面白いと思っていただけたら、評価やブックマークで応援していただけると励みになります!

今後ともよろしくお願いします!

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