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火刑台の薬剤師〜いや、それ呪いじゃなくて病気です〜  作者: 大棗ナツメ
第2章

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16 死の舞踏10

 遥香はゆっくりと審問官の方を見る。

 審問官は拳を握りしめて、遥香を睨んでいる。


「さらに」

 遥香は、証言台に立つアンを見た。

「アンさんは、薬を渡した犯人から足音がしなかった、と証言しましたが……」

 アンは、不思議そうに遥香を見返す。


「教会では、日常的に乳香が焚かれています。

 その樹脂で床は滑りやすくなり、足音は消える」

 そう言うと、遥香は一足の靴を取り出した。


 教会に出入りするアリシアから借りて来た物だった。

 遥香はその靴に足を滑らせる。


「そこを歩いた靴にも。同じく樹脂が付き、音が出ません」

 そう言うと、石で出来た床を歩いてみせた。

 靴は滑るように床を撫で、驚くほど静かだった。


「つまり……私を騙った人物は、教会に属する者です!」

 遥香は前だけを見据えて言った。もう恐れるものは何もなかった。


 聴衆のざわめきが、感嘆に変わった。

「確かに、音がしない」

「これは、間違いなく無罪だろ」


 遥香は、胸の奥でそっと息を吐いた。

 ーー勝った。

 もう、誰も否定できないだろう。

 遥香は、そう確信した。


 その時。


「くだらん!」

 どす黒い声が広間に叩きつけられた。


 異端審問官だった。 

 もはや笑みはない。ただ、剥き出しの悪意だけが残っていた。

「銅の炎色だと? そんなものが証拠になるものか!」


「曲げられない、事実だ」

 レオニスが、静かに告げる。

「香薬は捏造された証拠だと、すでに証明された」


「証明……?」

 審問官は鼻で笑う。

「その実験とやらも、操作されていないと……なぜ言い切れるのです?」


(まだ揉み消す気?)

 遥香は唇を噛んだ。


「それに――」

 審問官の声が、ねっとりと低くなる。

「領主様不在の今……判決を下すのは、司祭様です」

 そう言って、ゆっくりと視線を上げた。


 司祭が、にやりと笑い、立ち上がる。 

「薬師よ。なかなか面白い見せ物だったぞ」

 低く、冷たい声が広間に染み込む。

「だが、裁きにおいて重視されるのは“証人の言葉”だ」

 司祭は、ねっとりと笑った。

「では、判決を言い渡そう」


「そこの薬師、“遥香”は――」

(もう、ダメだ……っ!)

 遥香は、ぎゅっと目を閉じた。

(最初から、勝てる可能性なんてなかったんだ)

 悔しさから、涙が出そうになった。


 その時


「待て」

 鋭い声が、空気を切り裂いた。

 レオニスだった。


「領主の判決が、まだだ」


「は?」

 司祭が嘲笑する。

「領主様は不在だ。ゆえに、私が判決をーー」


「いいだろう」

 レオニスの声は静かだった。


「では、この地を統べる者――レオニス・ルーンヘルムの名のもとに、正しい判決を言い渡す」


(え……?)

 遥香は、はっと目を開いた。


(ルーン、ヘルム……?)

 間違えようもない。この街が冠する名だ。


 司祭の顔が、引きつる。

「ば、馬鹿な……! そんな、聞いていない……!」


 レオニスは、冷たい瞳で審問官を見下ろした。

「香薬を捏造し、無実の薬師を陥れようとした証拠は揃っている」


 静かに、しかし断言する。

「“領主の名”のもとで命ずる。これ以上、無実の者を責める権限は――お前にはない」


 審問官の喉が、ひゅ、と音を立てた。

 レオニスは一歩踏み出し、審問官に近づくと、その黒衣を片手で掴み上げた。

「証拠を捏造して無実の薬師を陥れようとした罪は重い。逃れられると思うな」

 氷のように冷たい声だった。


 審問官の顔面が蒼白になり、ようやく理解したように震えだす。

「ち……ちが……っ、わた、私は──」

「連れて行け」

 レオニスの言葉と同時に、騎士たちが審問官を取り押さえた。


「違う!! 待ってくれぇぇぇぇ」

 耳障りな悲鳴を広間に響かせながら、廊下へと引きずられていく。

 視界の端で、司祭が視線を逸らしたのが見えた。


 張り詰めていた空気が、ようやくほどけた。

 レオニスは小さく息を吐き、遥香へと向き直った。


 その表情は、先ほどまでとは違う。どこか申し訳なさそうで、そして穏やかだった。

「……驚かせたな」


 遥香は数秒、言葉を失い――ようやく、震える声を絞り出す。

「……え、レオニスさん……が領主……?」


 彼は、柔らかく微笑んだ。

「すまない。隠していたわけではない。ただ、言う機会がなかった」

 そう言って、そっと手を伸ばし、遥香の肩に置く。

「もう心配はいらない」

 低く、優しい声だった。


「真実は――遥香、お前が証明したのだから」

 その言葉は、じんわりと、暖かく、遥香の胸の奥に染み渡っていった。



 ――嵐は、ついに去った。

 そして遥香には、ようやく前を向く時間が与えられた。


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