13 死の舞踏7
審問官が去った後、遥香の身柄は「取調べ」という名目で、騎士団に保護されることになった。
異端審問官に引き渡されれば、待っているのは「自白」という名の拷問だという。
(絶対に、嫌だ)
想像しただけで背筋が冷え、遥香は小さく首を横に振った。
「この事件の狙いは遥香。お前だ」
レオニスは机に指先を打ちつけながら、告げた。
「遥香を騙った黒髪の女は、男爵殺害を主導した占い師と、同一人物で間違いないだろう」
「……はい」
遥香は胸の前で手を握りしめ、かろうじて頷いた。
「そして、問題はここからだ」
レオニスは視線を上げる。
「敵は――教会に属している」
「えっ」
遥香は思わず息を呑んだ。
「異端審問官が動いた。それが何よりの証拠だ」
あの、肌に絡みつくような視線が脳裏をよぎり、遥香は身をすくめる。
(最初から、私を捕まえるつもりだったんだ)
「黒幕は、異端審問官を自在に動かせる人物……教会でも、相当上だろうな」
「そんな……」
遥香は無意識に、自分の腕を抱く。
「心配するな」
レオニスは短く言い、遥香の肩を軽く叩いた。
「無実を証明すればいい。それだけだ」
(無実を、証明する)
そう簡単にいくだろうか。遥香の胸には小さな不安が残った。
*****
取調室。
遥香とレオニスは、向かいに座るアンを見据えていた。
「薬を渡した女と、この者は同一人物か」
レオニスが遥香を示す。
「ああ、そうだ」
アンは遥香の黒髪を睨み、強く頷いた。
「顔は見ていないようだが……声は?」
「女の声だった。それだけは確かさ」
吐き捨てるように言う。
「それに、“遥香”って名乗ったんだ! 間違いないだろ!」
どうやら、遥香が犯人だという先入観が、すでに強く根付いているらしい。
「他に覚えていることは?」
レオニスの問いに、アンは眉を寄せ、しばらく黙り込む。
「劇場跡は暗くて、顔なんか見えやしない」
一度言葉を切り、続けた。
「けど、足音が全くしなかったんだ」
「……足音?」
「そう。だから、誰かが来たって、誰も気づかなかった」
遥香は首を傾げる。
(足音が、しない……?)
「そうだ、もうひとつある」
アンは息を吸い、右肘のあたりを指差す。
「ここに、大きな傷跡があった。暗かったけど、そいつが薬を渡すときに見えた」
その瞬間。
レオニスは無言で遥香の右腕を取り、袖を捲る。
「え、ちょっ」
白い肘が露わになった。
「無いな。痕跡すらない」
レオニスは淡々とした声で言う。
アンは息を呑んだ。
「じゃあ、あの女は……」
アンは立ち上がり、震える声で叫んだ。
「あの女は、一体誰なんだ!」
「まだ分からない」
レオニスは冷静に答えた。
「だが、遥香ではないことは、明白だ」
「……そう、みたいだね」
アンは力が抜けたように、椅子に崩れ落ちた。
(よかった! これで……)
遥香は、ようやく息をついた。
ーーだが。
安堵する遥香に向けて、レオニスは言った。
「ただし、この証言だけでは弱い」
「……え?」
「教会側には、エリーゼという証言者がいるようだ」
「ああ」
アンが小さく頷く。
「エリーゼは、母親が肺の病で修道院に世話になってるからね」
「つまり、人質だ」
レオニスは静かに言った。
「教会に不利な証言は、できない」
「そんな……」
希望が、音を立てて崩れ落ちる。
「だが――手はある」
その言葉と同時に。
――すっ。
音もなく、フードを被った人物が取調室へと滑り込んできた。
「っ!?」
気配すら感じ取れなかった遥香は、思わず肩を跳ねさせる。
それは、遥香が思いもしなかった人物だった。




