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火刑台の薬剤師〜いや、それ呪いじゃなくて病気です〜  作者: 大棗ナツメ
第2章

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9 死の舞踏3

 レオニスが足早に旧劇場から離れるにつれ、あの甘ったるい香りは、嘘のように薄れていった。

 それと同時に、遥香の頭を覆っていた霞のようなものが、すっと引いていく。


(あ、戻った)

 ようやく地面に降ろされると、遥香は大きく息を吸った。


「……すみません」

「大丈夫か?」

 短い問いかけだった。

 だが、その声色には、珍しく隠しきれない心配が滲んでいた。

「さっきの香り、どこからでしょうね」

 遥香は暴れる心臓を押さえながら尋ねる。

「香り?」

 レオニスは眉を寄せ、遥香をじっと見つめる。

「えっ」


(あの匂いを、感じてない?)

 あの、ほのかに甘い香り。

 それを嗅いだ瞬間、じわじわと高揚感のようなものが全身を駆け巡ったのだ。


「あの踊りは、匂いのせい?」

 遥香は口元に手を当て、考える。


(けど、なんで女性だけなんだろ?)

 頭を抱え、うんうんと唸る遥香の肩に手を置くと、レオニスは静かに言った。


「この件には、もう関わるな」

「えっ! でも、騎士団の薬師として最初の仕事って……」

 予想外の言葉に遥香は、ぱっと顔を上げる。


「危険すぎる。今後あの場所に近付くことは禁ずる」

 レオニスは騎士団の副団長として静かにそう告げた。


 厄介ごとから解放されて、喜ぶべきはずなのに、遥香はどこか寂しい気持ちになる。

「でも、もう少しで何か掴めそうなんです」

 遥香は縋るように声をあげた。

「もう少し……どうか、もう少しだけチャンスを下さい!」

 遥香はそう言うと、ガバリとレオニスに頭を下げた。


「……はあ」

 遥香の頭上で、レオニスがため息を吐いたのが聞こえた。

「そうではない。心配しているだけだ」

 そう言うと、遥香の頭の上にポンと手を置く。


「え?」

 顔を上げると、レオニスは真剣な表情をしていた。

「わかった。調査は続けてもいい。だが、近付くのはやめてくれ」

 レオニスは、自分の前髪をくしゃっと掴んで言った。

「はい……はい……っ!」

 遥香は何度も頷いた。


 そして、ゆっくりと口を開いた。

「一つ、お願いがあります」


 (あの匂いの元が、どこかにあるはずだ)


 ********


「副団長っ! ありました!」

 旧劇場跡に散らばっていた騎士の一人が、声を張り上げる。


「これが、地面に埋められていました!」

 手袋越しに差し出されたのは、黒く丸い玉。


「全て回収しろ」

「はっ!」

 騎士たちが一斉に動き出す。


「副団長! こちらにも!」

「こっちにもありました!」

 次々に上がる報告。


「……遥香の言った通りだな」

 レオニスは一度、深く息を吐いた。


 *******


 その頃。


 森の小屋では、遥香が机に向かい、エルダの山ほどある薬草本とにらめっこしていた。


「うーん、こっち系は、あんまり詳しくないんだよなぁ」

 そう言うとイライラと頭を片手で掻く。


 そのとき、一階からエルダの声が響いた。

「遥香ー! レオニスさんが来たよ!」

 遥香はバタンっと本を畳むと、慌てて階段を下りる。


「あったんですか!?」

 遥香は挨拶もそこそこに、前のめりに尋ねた。

「ああ、言う通りだった」

 レオニスは頷くと、それを遥香に差し出す。

 黒い丸薬のようなそれは、まだほのかに暖かかった。


(やっぱり!)

 遥香はそれを受け取ると、慌ててまた二階の自室に戻る。


「えーっと」

 薬草図鑑をパラパラとめくる。

「これだ!」

 本をバンと開いた。


 そこには、"ムスク"という文字が書かれていた。

 ムスクは、女性を魅了するフェロモンの香りを出す。


「何か、分かったか?」

 レオニスが2階の遥香の自室に上がってきた。

「これは、女性用の催淫剤です」

 遥香は本を指差しながら言う。

「催……っ」

 レオニスはそこまで言うと、言い淀んだ。


(今、ちょっと動揺した?)

 遥香は顔を上げチラリとその横顔を見る。

 だが、その顔は、もういつもの涼しい顔に戻っていた。


「多分、これには女性に催淫作用のある薬草と、交感神経を刺激する薬草が含まれています」

 遥香は一息に言い切った。


「それと、多分ですが、幻覚作用の強い麻薬のような物も……」

 ムスクだけでは、媚薬程度でその効果は知れたものだっただろう。

 だが、そこに強力な幻覚作用を持った麻薬を配合したとあれば、どうだろう。


 その効果は踊り続ける女性達が物語っていた。


「なるほどな」

 レオニスは顎に手を置き、目を細めた。


「どこにありましたか?」

 遥香は黒い丸薬を見つめて、尋ねた。

「ああ。何箇所かに分けて、劇場の跡地に埋められていた」


 この丸薬は隠すように、炭と共に埋められていたようだ。

 じわじわと長く香りが立つように、灰まで被せて。


「巧妙ですね。この丸薬が燃え尽きたら、女性達は正気に戻ったでしょう」

 遥香は眉を顰めて続けた。

「そうなれば、後に残るのは灰だけです」


「ああ。火災跡地に灰があったとしても、誰も不思議には思わないだろうな」

 レオニスも頷いた。

「はい。火災で焼けた旧劇場を選んだのも、その為でしょう」


(よく考えられている)

 匂いに気付かなければ、そのまま丸薬は燃え尽き、原因不明の事件として結末を迎えたであろう。

 完全犯罪だ。


「薬師……でしょうかね」

 それは、巧みに女性にのみ作用するよう配合されていた。

 女性のみをターゲットにして、こんな香薬を作り出すとは。


 ーーよほど薬学に精通した者の仕業だろう。


「街の者ではないのは、確実だろうな」

 レオニスは淡々とそう言った。

「…………?」

 遥香はきょとん、とレオニスを見上げる。

「黄金より高価なムスクを、街の者が用意できるとは考えにくい」

「なるほど」


「一体誰がこんなことを」

 遥香はぽつりと呟いた。


「副団長!」

 階下からレオニスを呼ぶ声がした。

 二人が一階へ降りると、直立した騎士が立っていた。

「女達が正気に戻り、踊るのをやめました。」



 だが

 犯人は、騎士団が動くことさえ、最初から織り込み済みだった。

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