8 死の舞踏2
遥香は一人、街道を歩いていた。
旧劇場で見た異様な光景が、頭から離れない。
虚ろな目で、ゆっくりと踊り続ける女たちの姿を思い出す。
(いや、普通に怖すぎる)
しかも、女の人だけ。どう考えても嫌な条件が揃いすぎている。
怖い。
――はずなのに。
(なんで、行きたくなるの)
足が、無意識に劇場の方角を向いてしまう。
怖いもの見たさ、というやつだろうか。
自分で自分が信用できない。
(もう一回だけ)
そう思い、踵を返そうとしたその瞬間だった。
「死人が出たぞ!!」
叫び声と同時に、人々が雪崩のように逃げてくる。
(え、死んだ? 踊りすぎで?)
普通なら、全力で逃げる場面だ。
なのに――
(死因を、確認しないと)
気づけば、遥香は人の流れに逆らって走り出していた。
********
旧劇場には、規制線のような布が張られていた。
見物人の姿は消え、空気だけが重く沈んでいる。
「えっ」
女たちの数が、明らかに増えていた。ざっと見ただけでも百人近い。
「通ります!」
担架を持った騎士が横切る。布の隙間から見えた老女の顔は、青白く、生気がない。
(あの人が……?)
足先は血に滲み、皮膚が裂けていた。
(踊りすぎて、死ぬなんて……)
冗談じゃない。
これはもう、完全に事件だ。
(……おかしい)
そのとき、遥香は自分の異変に気づいた。
(息が、苦しい)
動いていないのに、勝手に呼吸が荒くなる。
心臓の音が、耳の奥でうるさいほど鳴っていた。
「はぁっ……はぁっ……」
思考が、霧がかかったみたいに鈍くなる。
(行かなきゃ)
自分の意思じゃない。
そう分かっているのに、足が勝手に前へ出る。
――もう一歩。
その瞬間。
ーーがしっ。
「おい」
肩を掴まれ、一気に世界が戻ってきた。
「レオニス、さん……」
レオニスは遥香の顔を見て、露骨に眉を顰める。
「もうここへは近付くな」
有無を言わせず手を引かれ、路地裏へ連れ出された。
「大丈夫か?」
低い声が、やけに近い。
「す、すみません。急に、頭がぼーっとして……」
「顔が赤いな」
額に当てられた手が冷たい。距離が近すぎて、今度は別の意味で心臓がうるさい。
(無駄に近い!)
「いい、いえ、す、すぐ治りますから!」
遥香は一歩下がろうとしたが、レオニスはその肩を押さえたまま離さなかった。
「何があった」
「えっと、急に動悸がして、頭がぼーっとして、あと……」
言いながら、遥香は自分でも気付く。
(あれ? 何かに引っ張られたみたいだった)
レオニスは目を細めた。
「――吸い寄せられた、か?」
「……っ!」
完全に図星だった。
「やはり、影響が出始めている」
レオニスが低く呟いたその時だった。
ひゅう、と風が吹き抜けた。
ほのかに甘い、だがどこか刺激的な香りが遥香の鼻をくすぐる。
劇場跡の方からだった。
(何の、匂いだろう)
もっと嗅いでみたい。
そう思い匂いの元へ、ふらりと足を踏み出す。
「もういい。離れるぞ」
視界が一気に上下した。
「え……えっ!?」
遥香は荷物のように肩に担がれたまま、劇場から強制退場となった。
レオニスは、遥香を抱えたまま、ぽつりと呟いた。
「間に合わなかったら、危なかった」




