7 死の舞踏1
月も雲に隠れ、夜気だけが静かに街を満たしていた。
暗闇に染まったルーンヘルムの石畳に、最初の影がふらりと現れた。
その影はまるで糸が切れた操り人形のように、ゆっくりと足を運びはじめる。
影が、夜の街に長く長く伸びて行く。
まるで誘われるように、また1つ、また1つと影は増えていく。
ーー踊れ、踊れ、さあ踊れ
くるり、くるり、影達は闇を掻き回すように回る。
足がもつれ、膝が崩れる。
ついには倒れ伏す者も出てきた。
それでも影達の舞踏は終わらない
ーー踊れ、女達よ、
ーー何もかも忘れて、さぁ踊れ
闇の中で、女達の舞踏はただひたすら優雅に、そして残酷に続いていった。
*****
「本当かい!?」
ルーンヘルムの街外れ、森の小屋にはエルダの嬉々とした声が響き渡っていた。
その隣では遥香が釈然としない顔で立っている。
「……ああ」
声の主は、騎士団副団長レオニス。 今日も今日とて、顔がいい男がとんでもない話を持ってきている。
「遥香を、騎士団専属の薬師に任命しようと思う」
「……は?」
聞き返すより先に、思考が止まった。
小屋に来るなりそう言い放ったレオニスに、遥香は耳を疑った。
隣では、エルダが両手を叩いて大喜びしている。
「いい話じゃないか!!」
(よくない、よくないです)
遥香は心の中で必死に否定した。
遥香は令嬢誘拐未遂事件で犯人達の会話を聞いている唯一の人物として、命を狙われてもおかしくはなかった。
「側にいた方が安全だ」
レオニスは、あくまで理性的に言った。
「故に、表向きの理由として“騎士団の薬師”という肩書きを与える」
つまりは保護だ。
ただし職付きの。
「い、い、いや、私には無理です!」
両手をぶんぶん顔の前で振りながら、遥香は必死に拒絶する。
「もったいない!月に5万ディルも貰えるんだよ!」
エルダが食い気味に言った。
「……ご、五万……?」
遥香にはその金額が多いのか少ないのか分からない。
だが、エルダの目は完全に金貨の形をしている。
「気負うことはない」
レオニスは腕を組み、相変わらず涼しい顔だ。
「今までと大して変わらない」
原因不明の事件を薬学的に推察し、騎士団に助言する。言葉にすると簡単だが、実際はだいたい碌なことにならない。
「今までは……偶然、なんとかなっただけですよ」 遥香はレオニスに訴えかける。
「偶然で片付く推理ではなかった」
そう言うと、レオニスは遥香を真っ直ぐ見つめてくる。
(圧がすごい)
褒められているはずなのに、どうしてか逃げ出したい気持ちの方が勝る。
彼の真っ直ぐな視線は、時に人を追い詰める力があるのだ。
遥香は、ついに白旗を揚げた。
「………はい」
その後ろでは、エルダが万歳している。
こうして、めでたく遥香は騎士団お抱えの薬師となった。
「早速だが」
レオニスが声を落とす。
(来た)
彼が“早速”と言うときは、決まって面倒ごとが待っているのだ。
「今日未明、街で異常があった」
「何があったんだい?」
エルダが盆を抱えたまま身を乗り出す。
「昨夜から、女たちが踊り続けている」
「踊り?」
遥香は目を瞬かせた。
「そりゃあ、ちょいと酒を飲み過ぎたんじゃないのかい?」
エルダが苦笑する。
だが、レオニスは首を横に振る。
「一人、二人ならまだしも……その数、四十人だ」
「四十!?」
二人の声が重なる。
「しかも、今も増えている」
小屋の空気が、一気に冷えた。
「場所は旧劇場跡だ」
「あの幽霊が出るって噂の、かい?」
エルダが恐る恐る聞く。
「ゆ、幽霊……?」
遥香はごくりと唾を飲んだ。背筋に寒気が走る。
「なんでも、15年前に焼け死んだ踊り子の幽霊らしいよ」
そう言うと、エルダは体の前に手をブラリと垂らし幽霊の真似をしてみせた。
「お、お、踊り子の……」
遥香は真っ黒に焼け焦げた姿で踊る幽霊の姿を想像してしまい、ぶるっと震えた。
全く。魔女や呪いは信じないのに、幽霊は怖いのだから勝手なものだ。
そんな遥香を一瞥して、レオニスは淡々と言った。
「止めようとしても止まらない。女達は倒れるまで踊り続ける」
「倒れるまで?」
遥香は眉を顰めた。
踊っているかのように見える病気は、あるにはある。だが、それは集団で起こるようなものではなかった。
思い当たる原因がなく、遥香は首を捻った。
「なんでだろ……」
レオニスは椅子から立ち上がると、遥香の肩へポンと手を置き、言った。
「遥香。騎士団の薬師として、最初の任務だ。」
「……へ?」
間抜けな声が小屋に響いた。
*******
旧劇場跡は、昼でも近づきたくない場所だった。
焼け落ちた外壁に、煤けた石。崩れた入り口がぽっかりと口を開けていた。
遥香は無意識にレオニスに一歩近づいた。
「こ、ここ、ここが……」
恐怖で呂律が上手く回らない。
「見ろ」
レオニスが首をわずかに動かした。その先には――
女たちがいた。
年齢も服装もばらばらだ。
ただ、全員が取り憑かれたかのように踊っている。
くるり、くるり。 ゆっくり、執拗に。
「……ひっ」
遥香の喉から情けない声が漏れた。
ひとりの女性がふらつき、がくりと膝から崩れ落ちた。だが、誰も助けようともしない。ただただ踊りに夢中だった。
「どうやっても止められない。腕を掴まれても振りほどいて踊り続ける。」
レオニスの声には、珍しく焦りが混じっていた。
「な、なんか、人数……増えてませんか」
遥香は震える声で尋ねる。
四十人と聞いていたが、ざっと見て六十人程は居そうだ。
「ああ。抑え切れない」
レオニスは、目を伏せた。
その時―― 一人の女が、遥香を見た。
にやりと笑い、手招きをする。
「わ、わたし……!?」
遥香は思わず後ずさった。
直後、見物していた若い女が、引き寄せられるように前へ出た。
そして、踊りの輪に加わった。




