6 罪深き浣腸6
ーーカーン、カーン、カーン、
その日、ルーンヘルムの街の広場では鐘が鳴り響いていた。
遥香は、城にある図書室の窓から街を眺めながら、その音を聴く。
今日は男爵夫人シャーロットの処刑の日だったのだ。
広場に集まっていた群衆が、バラバラと散っていくのが見えた。
出窓に肘をついて、遥香は考える。
(もう終わったんだ…)
裁判で、男爵夫人は毒殺未遂と姦通罪、執事は姦通罪に問われ、男爵夫人シャーロットは死刑が決まったのだ。
誰もいない図書室で、遥香は1人呟く。
「アーサーくん、大丈夫かな」
胸を締めつけるのは、男爵の息子アーサーのことだった。
まだわずか五歳、母に甘えたい盛りの年齢だ。
その母が"父を殺そうとした罪人"だったと知れば、どれほど傷つくだろう。
遥香がそんなことを考えて窓台に突っ伏していると、後ろに気配を感じた。
低い声が降ってくる。
「男爵の息子は、正統な後継者だ。悪い様にはならないはずだ」
顔を上げ振り向く。レオニスだった。
「レオニスさん! もうお仕事、終わったんですか?」
問いかけに、彼は短く頷いた。
そして、出窓の窓台に両腕をつくようにして、遥香の後ろに立つと、窓から街を見下ろす。
逃げ場がないほどに、近い。
(近い! これは、近すぎるっ!)
遥香は思わず息を止めて、硬直した。
彼の胸が、背中のすぐ後ろにある。微かに聞こえる呼吸の音。
沈黙が、やけに長く感じた。
緊張でじんわり汗も出てきた。
「……寒いな」
ぽつり、と独り言のように落ちた声。
「え?」
「鐘の音が鳴る日は、決まって冷える」
そう言いながら、レオニスは外から視線を逸らさない。
その横顔は、どこか寂しそうに見えた。
遥香は、そっと肩越しにレオニスを見上げる。
(この人が、背負っているものは……)
胸の奥が、きゅっと苦しくなった。
遥香が視線を落とすと、それに気づいたのか、レオニスはほんの一瞬だけ口元を緩めた。
「そんな顔をするな」
低く優しい声で言う。
「えっ、どんな顔ですか……?」
遥香はくるりと振り向いた。
自然とレオニスと向かい合うような体勢になる。
(し、しまった!)
遥香は慌ててまた後ろを向こうとしたが、その前にレオニスがほんの少しだけ前に身を屈めた。
レオニスの額が、遥香の髪に触れそうな距離。
「……っ!」
その近さに遥香は目を見開き、思わず息を飲む。
レオニスは、そのままゆっくりと近付いてくる。
遥香は目をギュッと固く閉じた。
すると、
「……いつもの顔に戻ったな」
そう告げると、レオニスは何事もなかったかのように距離を取る。
「レ、レ、レオニスさん……っ!! もしかして、私で遊んでませんか!?」
遥香は顔を真っ赤にして怒る。
(いつも涼しい顔だから、感情が分からない)
遥香は、痛いほどに鼓動を刻む心臓を手で押さえた。
彼は相変わらず涼しい表情のままだ。
だが、その瞳の奥には、淡い笑みとわずかな興味が揺れていた。
「それで、占い師の件だが……どう思う」
レオニスは腕を組み、壁にもたれながら遥香を見る。
「……あ、そうですね。なんで、わざわざハンス先生を呼ばせたのかなと」
遥香は、まだ赤い頬を隠すように両手で包みながら答えた。
「占い師は、医師を選び、時刻を指定し、男爵殺害の現場に引き合わせようとしていた」
低い声が、静かに落ちる。
「…………っ」
やはり、と遥香は息を呑んだ。
レオニスは、長いまつ毛を伏せて続ける。
「最初から、狙いは男爵ではなかった、ということだろう」
そう言うと、レオニスはゆっくり顔を窓の方へと向けた。
灰色の空の下、広場にはすでに人影もなく、処刑台だけが無言で残っていた。
「男爵夫人は、利用されたにすぎない」
そう呟いた、レオニスの横顔は静かに夕陽に染まり、淡く儚く光っていた。
遥香は、その横顔から目を離せずにいた。
(この人は……もう何度、この鐘の音を聞いたんだろう)
遥香は胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
だが、言葉にできず、ただ静かに立ち尽くす。
ーーカーン、カーン、カーン
その日、鐘の音はどこか寂しげに、そして切なく街に響いていた。
まるでーーまだ終わっていないとでも、告げるように




