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火刑台の薬剤師〜いや、それ呪いじゃなくて病気です〜  作者: 大棗ナツメ
第2章

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4 罪深き浣腸4

「男爵が倒れた時間、何をしていた」


 騎士団は朝早くから、男爵家に仕える使用人たちを順番に尋問していた。

 だが、怪しい人物は見つからず、浣腸瓶を知る者も一人もいない。

 アリシアの店から押収した顧客名簿と照らし合わせたが、男爵家に出入りする者の名はなかった。


「入手経路が不明だな」

 ため息をつき、名簿を机にパサリと置くレオニス。 手がかりは皆無、完全に行き詰まっていた。



 遥香は子供部屋の壁際で、そっとため息をつく。


(あーあ、瓶の指紋が分かれば、一発なのに……)

 現代の指紋採取の便利さを、今ほど羨ましく思ったことはない。


 目の前では、男爵夫人が息子の世話に奔走していた。

「しっかりしなさい、アーサー! お父様がお亡くなりになった今、あなたが男爵家を継ぐのですよ!」

 夫人はスプーンで息子に食事を運びながら、厳しく言う。


「お父様は、もう帰って来ないの?」

 アーサーは母を見上げると、不思議そうに尋ねた。


「ええ、だからあなたがしっかりしないと! 食べ終わったら、次はお庭に行きましょうね」

 そう言って、男爵夫人は今までとは打って変わり、息子を外に連れ出そうとしている。


 遥香が“くる病”の可能性を伝えた直後からのことだ。

 夫人はいそいそと上着を着せ、庭へ向かう息子の支度をする。



(受け入れたくないんだろうな……)

 男爵を亡くした夫人は、夫の死から目を逸らすように息子の世話に必死だった。


 ーーコンコン


「奥様」

 執事がドアを叩いた。

「失礼します。こちらの帳簿のことで……」


 執事がそう言うと、夫人は息子の肩に手を置き、向き合って言った。

「お母様は少し行って来ますね! すぐ戻りますから、その後でお庭にいきましょう」

 そして、執事と2人屋敷の奥に消えていった。


 残された息子は、寂しそうにそれを見ていた。



「さあ、坊ちゃん! 奥様はお忙しいですから、私とお外に行きましょうね」

 乳母はやけに明るい声でそう言うと、アーサーの手を握った。

 恐らく、乳母は男爵夫人がしばらく帰って来ないことを知っているのだろう。


 遥香も後に続いて庭へ出ようとしていると、何者かに肩を叩かれた。


 ハンスだった。

「遥香くん、お待たせ!」

 ハンスは親指を立てて、言う。

 遥香は大きく頷くと、レオニスを探しに行った。



 騎士団によって、屋敷中の人々が男爵家の広間に集められた。

 集合した使用人たちは、不安げに顔を見合わせている。

 フットマン、侍女、料理人、そして執事と男爵夫人は並ぶ様に立っていた。


 レオニスは一人ひとりに視線を向け、静かに問いかける。

「この瓶を、見たことがある者はいるか」

 レオニスが空き瓶を上に掲げると、皆一様に首を横に振った。

 誰一人として知っているとは答えない。


(ま、そりゃそうだよね)

 遥香はレオニスと一瞬だけ視線を交わし、頷いた。



 するとーー。



 ーーガチャ

 広間の重厚な扉が開き、奥から誰かが歩いてきた。


「……それは、貰ったのだ」

 低く、しかしはっきりとした声が響いた。


「……っ!?」

 ざわり、と空気が揺れる。


 そこに立っていたのは――

 青白い顔をした男爵だった。


 ハンスに肩を支えられる様にして、なんとか立っている。

「だっ、だ、旦那様……!?」

 使用人たちはまるで幽霊でも見たかのように、一斉に悲鳴にも似た声を上げる。


「あな、た……?」

 そう呟くと、男爵夫人シャーロットは、蒼白な顔で立ち尽くしている。


 広間は途端にざわざわと声が響き始めた。

「なんで?」

「亡くなった筈じゃ……」

 使用人達は動揺して口々に声を出す。


 遥香は、男爵の隣に立つハンスを見た。

 ハンスは、それに深く頷き返した。



 そう。

 実は男爵が亡くなったというのは、ハンスの芝居だったのだ。




 *********


 男爵が倒れた直後――


 遥香は、机に置かれた瓶を見た瞬間に気づいた。

(あれ、毒だ!)

 それは、間違いなくアリシアの店で見たものと同じ瓶だった。


 男爵は何者かに毒殺されそうになったのである。


(生きていることが分かれば、また狙われる)

 そう思った遥香は、即座にハンスに耳打ちした。

「先生、この人……まだ助かります。でも、死んだことにしてください」


 ハンスは遥香の言葉に一瞬だけ目を見開き、それから無言で頷いた。


 ハンスは男爵が“死亡した”と宣告した後、人目を忍んで男爵の口に解毒剤を流し込んだのだった。


「それで?」

 レオニスが男爵に促す。


 男爵は頷くと、悲しそうにじっと瓶を見つめた。

 そして、ゆっくりと口を開いた。


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