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火刑台の薬剤師〜いや、それ呪いじゃなくて病気です〜  作者: 大棗ナツメ
第2章

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3 罪深き浣腸3

「この瓶に見覚えありませんか?」


 遥香は空き瓶を手に掲げ、静かに尋ねた。

 男爵の書斎を掃除していた侍女は手を止め、瓶を見つめる。

 しかし首を左右に振るだけだ。

「…いえ、ありません」


 他の侍女たちに聞いても、答えは同じ。

 誰一人、見覚えはないという。

 遥香は小さくため息をつき、瓶を片手に廊下を歩く。


 医者は、男爵が自らこの瓶を浣腸に使えと持ち込んだと言っていた。

(男爵はこの瓶をどこで手に入れたんだろう……)



 ふと、かすかな声が聞こえた気がして足を止める。

 前方のドアがわずかに開き、温かい灯りが漏れている。

 遥香はそっと近づいた。


「シャーロット様、大丈夫ですか?」

 燕尾服の男性が、ベッドに腰掛ける男爵夫人の肩にそっとカーディガンをかけている。

「ええ、アルフレッド。私、驚いてしまって……」

 そう言うと、男爵夫人は口もとを押さえ、俯いた。


 執事であるアルフレッドは、優しい声で続ける。

「あんなことがあったのだから、無理もない」

 そして、そっと夫人の隣に腰を下ろすと、その頭を自分の胸にゆっくりともたせかけた。


(……えっ、えっ!? あの二人って、そういう関係なの!?)

 寄り添う2人の姿を見て、遥香は慌てて両手で口を塞いだ。


 なるべく気配を消して、カニの様にガニ股で廊下を歩き、その場からそっと立ち去った。



「びっくりしたぁ……」

 中庭まで来ると、思わず声が小さく漏れた。

 貴族は政略結婚が多く、愛人を持つ者もいると噂では聞いていたが、実際に目の当たりにするとやはり驚く。


(えーあの男爵夫人、すごく貞淑そうに見えたのにな)

 人は見かけによらない――そう思い直し、中庭のベンチに腰を下ろした。


 手元の瓶をじっと見つめ、ため息をつく。

 遥香はこの瓶には見覚えがあった。

 アリシアの店で、あの毒入り化粧水と共に棚に並んでいたのを見たのだ。


 ジャリ、ジャリ、と小石を踏む足音が背後から聞こえた。

 振り向くと、レオニスがこちらへ歩いてくるのが見えた。

「ここにいたのか」

 ベンチに座る遥香を見ると、レオニスは少し険しい顔で言った。


「すみません。何かご用でしたか?」

 慌てて立ち上がり、スカートを払う遥香。

「いや、夜も遅い。犯人もまだ見つかっていないのだから、1人で行動するな」

 どうやら、心配してくれていたらしい。


 レオニスの目が、遥香の右手にある瓶を捉える。

「何か、分かったか?」

「いいえ、男爵邸の使用人たちは見覚えがないようです」

「そうか、すまない……回収が抜かっていたな」

 前髪をくしゃりと掴みながらレオニスがつぶやく。


 事件後、アリシアの店の物はすべて騎士団によって回収されたが、それでも購入者全員から一つ残らず回収するのは不可能に近い。

 この瓶も、押収の網をかいくぐった一つだったのだろう。



「……寒っ」

 風がビュウッと吹き抜け、遥香は身を震わせた。

 すると、背中にパサッと何かがかかった。


 隣を見ると、レオニスが騎士団のマントを脱ぎ、そっと遥香にかけていた。

「冷えてきたな。中に入ろう」

 背に手を添えられ、遥香は顔を赤くして礼を言った。

「あ、あ、ありがとうございます」



 ふと、先ほど目にした夫人と執事の寄り添う姿を思い出してしまった。


 遥香はさらに顔を赤くし、頭をぶんぶん振った。


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