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火刑台の薬剤師〜いや、それ呪いじゃなくて病気です〜  作者: 大棗ナツメ
第2章

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1 罪深き浣腸1

 キラキラと陽の光に透ける葉、優しく木々を揺らす風。

 太陽が高く輝く、清々しい一日の始まりーー

 ……とは裏腹に。



 遥香は、薄暗い小屋の自室に引きこもっていた。


「お願い……っ! 次こそは成功して!」

 祈るように呟きながら、円形のガラストレイへ抗菌薬を垂らす。


 ――ポタッ。


 がーー


「…………」


 劇的な変化も、奇跡の発光も、もちろん爆発も起こらない。


「はぁ、またダメか」

 肩を落とし、遥香は大きくため息をついた。 

 もう何度目の失敗かも、正直わからない。


 ――カタンッ。

 背後で小さな音がして、遥香は振り返る。

 ドアの隙間から、エルダがひょっこり首を出していた。


「遥香! 街に美味しい物でも食べに行かないか?」

 もう五日も外に出ていない遥香を心配してか、エルダはなにかと理由をつけては外へ連れ出そうとしている。


「うーん……でも、これがーー」

 断ろうと、遥香が口を開いた時


「こんにちはー!」

 階下から、やけに元気な女性の声がした。客だろうか。

「はいよ!」

 エルダは大きな声で返事をすると、階段を降りて行った。


 入れ替わるように現れたのは、にこにこと笑う茶髪の女性だった。両腕には、やたらと大きな荷物を抱えている。


「……え、と?」

 誰だろう、と遥香は首を傾げた。

「こんにちは! 最近、ハンス先生の医院で働くようになった、看護師のティナです」

 そう言うと、ティナは両手で遥香に握手を求めた。


「あ、よろしくお願いします」

 遥香がそろりと手を出すと、ティナはニコニコとその手を握った。


 歳は遥香と同じ頃であろうか。

 明るく人懐こい笑顔に、心が温かくなる。どこか親近感を感じる女性だった。


「あ、えっと……ティナさん、それ、どうしたんですか?」

 遥香は、ティナの腕の中の大きな荷物を指差して尋ねる。

「あっ! これ、ハンス先生に持って行くよう言われまして!」

 ティナは、荷物をドスンッと机の上に置く。

 そして、いそいそと包んでいる布を解いた。


 そこには、金属で出来た馬鹿でかい注射器のようなものが入っていた。

「こ、これは……?」

浣腸かんちょうですよ! ハンス先生が商人に頼み込んで、今日だけ借りたんです!!」

 ティナは両手を胸の前で組むと、えっへんと胸を張る。


「こ、これが、噂の浣腸」

 遥香は、以前ハンスに“注射器代用計画”を話していたことを、思い出した。

 まじまじと、それを見る。現代の浣腸とは形が全く違っていた。


「ええ!憧れますよねっ!」

 ティナは目を輝かせて、浣腸を見つめている。


(そうだった)

 ここでは、浣腸を持つことは最大のステータスであり、貴族達はこぞって毎日浣腸をしているのだ。


「……は、はは」

 遥香は曖昧に笑いを返す。

「王様なんて、浣腸をしながら会議しているんですって! ああ、なんて優雅なのかしらっ!」

 ティナは両手を合わせ、羨望の眼差しでうっとりと言う。


 遥香はその言葉に吹き出しそうになった、


(か、浣腸しながら、会議……!?)

 尻を出したまま、真面目な顔で話し合う高官達の姿を想像して、どこかいたたまれない気持ちになる。


「あれ? でも、それじゃ、これってすぐに返さないといけないんですよね?」

 ティナが今日だけと言っていたことを思い出して、遥香はハッとした。


「ええ、しぶる商人から、なんとかもぎとったので……一般人には手が出ないほど高価なので、めったに目に出来ないんですよぉ」

「そうなんですか」

 遥香は残念そうに言う。


 注射器の代用に、と思っていたが、今回は見るだけになりそうだ。


「ああ、私も知り合いに貴族でも居れば、借りられるのにっ!」

 ティナはそう言うと、名残惜しそうに浣腸を眺めている。



 (ーー貴族、か)



(……待てよ、居るじゃないか!)



 遥香はある人物の顔が思い浮かんだ。




 ******


 こうして、遥香は丘の上の領主の居城に居た。


「……あのぉ」

 そろりと、執務室のドアから顔を覗かせると、そこには書類の山に囲まれたレオニスが座っていた。


「何か、あったのか?」

 レオニスは視線を上げ、遥香を見るとわずかに目を見開いた。


「あ、お忙しい所すみません」

 遥香はドアの前に立ち、頭を下げる。

 レオニスは立ち上がると、ソファに座るよう手で示した。


「ありがとう、ございます」

 遥香はお礼を言い、ソファにちょこんと腰掛ける。

「それで、どうしたんだ?」

 ソファは向かい合って二つあるのに、何故かレオニスは遥香の隣へ座る。


「えっ……あ、あの、その、ちょっと、お借りしたいものがありまして……」

 美しい横顔にドキドキしながらも、遥香はなんとか言った。


「何を?」

 レオニスは様子のおかしい遥香に眉をひそめ、顔を覗き込んでくる。


「あ、あの、その、あの……浣腸を貸してくださいっ!!」

 一息に言った。

 思ったより大きな声が出てしまい、顔にじわじわと熱が集まるのを感じる。


「……浣、腸……?」

 レオニスは、驚いたように固まっている。


「いいい、いえ、決して使いたいワケではなく……参考に、というか、その……」

 遥香は、しどろもどろに説明する。



 レオニスはしばらく無言で遥香を見ていたが、やがてゆっくりと口を開いた。

「……生憎だが、俺は持っていない」


 その答えに、遥香はなぜかほっとした。

(良かった、持ってないんだ)

 レオニスが浣腸している姿が、どうしても想像出来なかったからだ。


「必要ならば、商人から購入することも出来るが」

「えっ、いいんですか!?すっっごく高いって聞きましたけど」

 嬉しさに思わず立ち上がって、レオニスを見る。


「ああ、まあな。だが、必要なんだろう?」

「はい! お願いします!!」

 遥香がそう言うと、レオニスは訝しがりながらも商人を手配してくれた。



 しばらくすると、ホクホク顔の商人が浣腸を持って、やって来た。

「ご注文頂いた浣腸です!! 最高級のものをご用意しました!」



 こうして、遥香は念願の浣腸を手に入れることができたのだった。



 *******



 遥香は浣腸を片手にハンスの医院に向かった。

「ごめんください」


 そっとドアを開けると、鞄を持ったハンスとぶつかりそうになった。

「わっ! ハンス先生、これからお出かけですか?」


「あ、ああ、遥香くんか。ちょっと往診にね、一緒に来るかい?」

 遥香はこくり、と頷いた。


 医院を出てハンスと並んで街を歩く。

「今日は男爵家に往診なんだ」

(へえ、珍しい)

 普段は街人を診ているハンスが、貴族の家に呼ばれるのは稀だ。


「なんでも、男爵家のご令息が転けて怪我をしたらしくてね。急に呼ばれたんだよ」

「怪我、ですか?」

 遥香は小首をかしげる。

 子供の怪我ならよくあることだが、往診が必要なほど重いのだろうか。



 こうして新たな事件は

 浣腸と貴族と不穏な空気を引き連れて、静かに幕を開けたのだった。

第2章は浣腸から……というなんともいえないスタートですが、どうぞ宜しくお願いします!

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