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火刑台の薬剤師〜いや、それ呪いじゃなくて病気です〜  作者: 大棗ナツメ
第1章

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31 命懸けの婚活5

 宮殿の大広間は、色とりどりの礼装に身を包んだ貴族たちで埋め尽くされていた。

 巨大なシャンデリアの光が、壁一面の鏡に跳ね返り、

 そこは昼のように明るかった。


「……眩しすぎる」

 思わず遥香は目を押さえた。


「まあ、あれが公爵家のイザベル様?」

「噂通りのお美しさね」

 イザベルに気付いた貴族達がこちらを見てヒソヒソと言い合っている。


(視線が痛い)

 遥香が見られている訳ではないのに、あまりの視線に思わず背中を丸めそうになる。


 イザベルはその声に反応を見せず、背筋を伸ばしたまま歩みを進めている。

 公爵夫人はその様子に満足げに微笑み言った。

「イザベル、まずは王族方へご挨拶に参りましょう」


(え、わ、私はどうすれば……?)

 遥香は一人でひそかにパニックを起こし、前の二人を見る。

 だが、公爵夫人はまるで遥香のことなど忘れているかのように、そのまま大広間の奥へと優雅に歩を進めている。


「ええい、いいや! もう着いて行こう!」

 どうにでもなれ、と遥香もその後に続いた。


 王族専用の高位席に近づくにつれ、場の空気が静まり返っていく。貴族たちは自然と道を空け、その一帯だけが、見えない圧に支配されていた。


(すごい、威圧感……)

 遥香も思わず手を握りしめる。


「これは。公爵家の麗しき令嬢、イザベル殿か」

 青い瞳を鋭く光らせた第一王子が、イザベルに視線を向ける。


 イザベルは優雅にドレスを広げ、一礼した。

「お目にかかれて光栄にございます、殿下」


「噂はかねがね耳にしている。今日お会いできるのを楽しみにしていた」

 第一王子の声音は柔らかい。しかし瞳は一瞬もイザベルを離さない。

 イザベルの指先が、わずかに白くなっている。


(……これ、本気だ)

 その後も、宝石のようだとか、今度茶でもとか甘い言葉が聞こえてきた気がするが、気付けば第一王子への挨拶は終わっていた。


 公爵夫人は小さく頷き、扇を閉じた。

 そして、遥香の存在に今気づいたのであろう。僅かに目を見開いた。

「あなたは、もう下がりなさい」

 扇の奥から向けられた視線は、氷のように冷えていた。


 イザベルは、申し訳なさそうに遥香を見つめている。

「す、すみません」

 遥香は慌てて二人から離れた。


 離れたものの、どこへ行けば良いのか分からない。

 美しく着飾る貴族の中を紺色のドレスに白いエプロン姿の遥香はウロウロと歩き回る。


 すると、突然腕を引かれた。

「……ひっ」

 遥香の口から情けない声が漏れる。


 振り返ると、そこには見覚えのある美しい男性――レオニスの姿があった。

「な……」

 遥香は目を見開いた。


 レオニスはその様子にわずかに口角を上げる。

「レ、レオニスさん!? なんでここに?」

 そう言うとレオニスは周囲を見渡し、遥香の腕を引いて歩き出した。


 大広間を出て、美しい彫刻が並ぶ廊下へと出る。

 遥香は、口を開けないように必死で自制しながら、キョロキョロと周囲を見回した。


 ぴたり、とレオニスが歩みを止め、遥香の腕を離す。

「王都にいることは薬師殿に聞いていたが、まさか宮殿に居るとはな」


 その栗色の瞳に射抜かれ、遥香の心臓は跳ね上がった。

「え、いや、あ……あの、違うんです!」

 遥香は慌てて顔の前で手を振った。

「勝手に来たわけじゃなくて、その、イザベル様の付き添いで……!」

 不法侵入ではないことを説明する。


「落ち着け。そんなことは分かっている」

 レオニスは、面白いものでも見るように、薄く笑いながら言った。

 疑われている訳ではないと分かり、遥香はほっと息を吐く。


「……あれ? レオニスさんは、なんで社交界に?」

 遥香が眉を顰めてレオニスを見る。

 社交界には貴族しか参加出来ないと聞いていたからだ。


 今度はレオニスが困惑する番だった。

「いや、俺は……」

「えっ、レオニスさんって、もしかして貴族なんですか!?」

 遥香は目を見開き、レオニスを上から下まで見た。


 いつもの騎士服とは違い、銀の襟飾りを付けた深い黒の正装に身を包んでいる。

 胸には家紋だろうか、金色の紋章が付いている。


 遥香が固まったままレオニスを凝視していると、レオニスは微妙に視線を逸らして眉を寄せた。

「……騎士団に、平民はほとんどいない」


「ええっ! そうなんですか!? じゃあ、あのクリスさんも!?」

 女装して伯爵邸に共に乗り込んだクリスの姿を思い出し、遥香は前のめりになる。


「少し、落ち着け」

 レオニスの手が遥香の頭にぽんと乗る。

 手が頭に触れた瞬間、遥香の心臓は跳ね上がった。 熱が頬に広がり、思わず視線を逸らす。


「確かに俺は貴族出身だ。だが、今は騎士団に所属している騎士だ。ただそれだけのことだ」

 レオニスは、そう落ち着いた声で言う。


(どうりで……)

 思い返せば、レオニスの立ち居振る舞いは美しく、隠しきれない品があった。

 貴族だと聞き、腑に落ちた。


「社交界には、毎年来ているんですか?」

 遥香は何気なく聞いたつもりだったが、レオニスは少し目を細めると、視線を泳がせた。


「……いや」

 わずかな沈黙のあと、レオニスは続けた。

「七年ぶりだ。こういう場は……好きではない」

 珍しく口籠もりながらそう答える。


「えっ、じゃあなんで、ここに……」

 二人の間に、妙な沈黙が訪れた。


(もしかして、私を……いやいや、そんな筈はない)

 浮かんだ考えを慌てて否定する。


 そして、遥香はその照れ臭い空気を壊すように大広間を指して言った。

「も、もう大丈夫です。レオニスさんはどうぞ! お戻りください!」


 レオニスは軽く肩をすくめて答えた。

「迷子を放置するわけにはいかないだろう」


(それ、私のこと?)

 どうやら迷子だと思われているようだ。

 いや、あながち間違えてはいないのだが。


 その時、すぐそこの窓の外から何やら声が聞こえてきた。

「もう、誰かに見られたら、大変よ」


 ちらりと声の方に視線をやると、中庭で若い男女が逢瀬を楽しんでいた。

 その二人の距離は実に0センチだ。


(どうか、ここではやめて……っ!)

 遥香は心からその男女に願ったが、それは虚しい願いであった。


 レオニスも気付いたらしい。

 窓の外を一瞬見てから、ゆっくりと視線を戻す。互いに、何も言えなくなった。


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