27 命懸けの婚活1
「遥香、手紙が届いてるよ」
エルダが一通の手紙を差し出した。
「手紙……?」
遥香は、ほのかに花の香りがするそれを受け取った。
差出人はマリーだった。
内容は、社交界デビューを控えた彼女の姪の体調不良についてだった。
姪は突然光を嫌うようになり、昼間でも部屋を暗くして閉じこもっているという。
王都の医師や祈祷師にも診せたが、原因は分からなかったらしい。
そして、どうやらその役目は、遥香に回ってきたようだ。
(マリーさんの頼みを、断れるはずがない)
遥香は手紙を閉じ、静かにため息をついた。
「仕方ない、王都へ行こう」
*******
数日後。
森の小屋の前には、似つかわしくない馬車が停まっていた。
黒塗りの車体には公爵家の紋章が輝き、白馬が優雅に佇んでいる。
あまりの豪華さに、遥香もエルダもぽかんと口を開けた。
「気をつけて行くんだよ」
心配そうに声をかけるエルダに、遥香は大きく頷いた。
「行ってきます」
馬車は静かに動き出し、森の木々の間にエルダの姿が徐々に遠ざかっていった。
遥香は揺れる馬車の中で、手紙を見返した。
姪の名前はイザベル。マリーの兄である公爵の娘で、社交界デビューは一カ月後の予定だという。
光を避けるようになったのは、最近の出来事らしい。
「……これ、ただの体調不良じゃないよね」
遥香は手紙を閉じ、ため息をついた。
王都の医師達が匙を投げたとなれば、簡単な話ではないだろう。
「光を嫌がる、か」
遥香は思い当たる原因を思い浮かべた。
ーー視神経の異常?いや、脳圧の上昇?
それとも――
……他の何か?
なんにせよ、公爵家の依頼だ。
失敗は許されない。
「ああ、もし解決出来なかったら……」
最悪の想像ばかりが頭をよぎる。
遥香が一人唸っていると、前から声がした。
「薬師殿、引き返すなら今ですよ」
年老いた御者は前を向いたまま言う。
「え? それは、どういう……?」
「今までお嬢様を診た者達は……」
御者は、そこで言葉を切った。
「皆、消えました」
その時、馬車の車輪が石を踏んで大きく跳ねた。
遥香の身体も、心臓も、同時に跳ねる。
「……き、消えた?」
遥香はごくりと、唾を飲む。
「ええ。夜中にお嬢様の部屋へ呼ばれ、翌朝には荷物ごと無くなっているのです」
「な、なんで……」
「公爵家では、こう噂されています」
御者は声をさらに落とした。
「お嬢様は呪われている……と」
「……っ!」
遥香は目を見開いた。
(呪われている? それに消えたって、一体どこへ……)
背筋に、冷たい汗が流れた。
(もしかしたら、私も――)
エルダの顔が、ふと脳裏に浮かぶ。
遥香はさらに頭を抱えた。
そんな彼女の心配をよそに馬車はぐんぐん進み、やがて、ゆっくりと止まった。
「ああ……ついに着いてしまった」
馬車の奥からのそりと、遥香が現れた。その目の下にはクマがはっきりと浮かんでいた。
御者の手を借りて、地面に降り立つ。
そこは、森の小屋とはまるで別世界だった。
白い塔が空に伸びる、威圧的な邸宅が遥香を迎える。
足を踏み入れると、門が重い音を立てて閉じられた。その音に、遥香の肩が小さく跳ねる。
「……帰れるものなら、今すぐに帰りたい」
思わず本音が漏れた。
遥香が恐る恐る周囲を見渡していると
「薬師様で、いらっしゃいますね?」
後ろから声を掛けられた。
そこには、紺のドレスに白いエプロン、赤茶の髪を一つに束ねた侍女が、凛と立っていた。
「あ、はい、そうです」
遥香は慌てて頷いた。
「お話は伺っております。どうぞ、こちらへ」
侍女ーーサラに導かれ、遥香は長い廊下を進む。
やがて、重厚な扉の前でサラが立ち止まった。
「薬師様が、お見えになりました」
サラは、扉の向こうへ声をかける。
「……どうぞ」
その声を合図に、遥香は恐る恐る部屋に足を踏み入れた。
「失礼します」
まず目に飛び込んできたのは、青緑の壁紙に囲まれた薄暗い部屋だった。
窓は幾重にも重ねられた厚いカーテンで閉ざされ、
昼間だというのに、光はほとんど入らない。
その中央に、ひときわ目を引く存在があった。
長椅子に腰掛ける少女――イザベルである。
「お待ちしてました」
イザベルは、遥香の額の少し上を見つめながら微笑んだ。
(……きれい)
黒髪と翠眼を持つイザベルは、青緑のドレスに身を包んだ美しい少女だった。
「薬師さん……こちらへ」
イザベルは、微笑むとゆっくりと手招きをした。
だが――その視線は、遥香をとらえていなかった。
「そこに、いらっしゃいますか?」
そう言って、彼女は笑顔で手を伸ばした。
彼女の指先は、遥香の肩より少し横をさまよった。
――見えて、いない。
その瞳孔は、開ききっていた。




