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冒険者ギルドの記録員  作者: 六花葵
第一巻
32/36

記録10-3 ダンジョンの移動宿

私はドアを開け、営業用のスマイルを浮かべた。

「どうされましたか?」

 カティアは半信半疑といった様子で私を見上げ、問いかけてくる。

「……メニューにあるもの、本当にすべて用意できるのですか?」

「ええ、基本的には。ただ、環境の制約がありますので、品質は及格点(赤点ではない程度)とお考えください。洗練されたサービスとはいきませんが、簡易版としてなら保証しますよ」


カティアはしばらく逡巡した後、意を決して注文を口にした。

「……人数分の宿泊施設をお願いします」

「かしこまりました」


空いたスペースを見定め、指をパチンと鳴らす。

 次の瞬間、外観の整ったログハウスが唐突に出現した。内部は清潔そのもので、カティアたちの人数に合わせた寝具、収納棚、小ぶりな机と椅子、そして暖を取るための暖炉と薪まで完備されている。


当たり前のように建造物を取り出す私の挙動は、彼女たちの目には造物主の神業か何かに映っているようだった。彼女たちの常識では、魔法によるアイテムボックスの空間拡張は、消費魔力量と正比例する。

 一般的な魔導師が空間を八立方メートル――馬車の荷台程度まで広げるだけでも、維持する魔力は相当な負担になる。ましてや倉庫クラスともなれば、一流の術者でも根を上げるレベルだ。

 だというのに、目の前の男は基礎材を除いても、すでに二棟のログハウスを現出させている。


「……これ、一体どんな魔法なの……?」

 衛士の一人が思わず呟いた。

「魔法ではありませんよ。このギフトに目覚めた私は、魔法というものが一切使えませんから」


呟きを聞かれた衛士は、慌てて口を塞ぎ、申し訳なさそうに俯いた。

 すると、他の衛士たちがカティアを突き動かすようにざわめき始める。

「隊長、あれ、あれを……!」

「ええと……メニューにある『温泉』。それも、可能なのですか?」


おっと、それは最も高価なオプションの一つだ。

 通常の入浴プランがないわけではないが、温泉のような純粋な娯楽プランは、本来私とレシーナが個人的に楽しむためのものだ。過酷な任務中の冒険者なら、数日風呂に入れないことなど日常茶飯事だろう。

 メニューに載せているのは、どうせ自分たちが使うついでに売ればいいという、単なる「ついで」に過ぎない。

 まさか、あの金額を見てなお利用しようとする者が現れるとは。流石はエルフ族、懐の深さが違う。


「ありますが、価格は相応ですよ……。本当に、よろしいのですか?」

 カティアは黙り込んだが、他の衛士たちは狂おしいほどの勢いで首を縦に振った。

「分かりました。ただ、君たちが想像しているものとは少し勝手が違うかもしれない。まずは内容を見てから決めてくれ」


指を鳴らすと、三棟目のログハウスが現れた。前の二つとは違い、石造りの強固な基礎の上に建てられている。浴槽を掘り込み、そこに温泉水を溜めるための仕様だ。

 中に案内すると、白濁した湯気と共に温泉特有の硫黄の香りが鼻を突く。


「源泉かけ流しとはいかないが、魔石で常に適温に加熱されるようになっている。これでも構わないか?」

 返事の代わりに返ってきたのは、もはや信仰に近い熱を帯びた頷きだった。風呂に入りたい、まともに洗いたいという彼女たちの欲望は、もはや狂気と言っていい。


「隣には上がり湯用の清潔な真水、それとサウナ室も併設してある。……他に何か要望は――」


言いかけた私の言葉は、獲物を狙う猛獣のような彼女たちの気勢に遮られた。

 泥と汗にまみれた彼女たちの瞳には、「さっさと出ていけ」という剥き出しの欲望が宿っている。その圧倒的な圧力に押され、私は苦笑いを浮かべながら一歩ずつ後退し、入り口まで下がった。


「……では、ごゆっくり。何かあれば隣の家まで――」


言いかけた私の言葉を遮るように、泥に汚れた白皙の手がドアへと叩きつけられた。

 普段は礼儀正しく、何事にも優雅さを求める衛士長カティア。だが、今の彼女の瞳には、ある種の恐ろしい「狂熱」が宿っている。

 彼女は私の話を聞く気など微塵もないようだった。その「邪魔者は消えろ」と言わんばかりの決然とした意志は、すぐさま行動へと移される――。


バンッ!!


私の鼻先一センチという至近距離で、ドアが暴力的な勢いで閉ざされた。鼻柱を叩き折られそうになり、私は数秒ほど呆然と立ち尽くす。

 すると、ドアの向こうから急いで鎧を脱ぎ捨てるような音が聞こえ、続いて驚くほどの勢いで「ドボン!」「ドボン!」と景気のいい音が響き渡った。


(……水餃子スイギョウでも放り込むような急ぎようだな)

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