第16話 「Fairytale」
「御之君ってさ、フレンドリーかなって思ったけど、結構壁あるよね。たまに凄く拒絶されてるなって感じする。」
大学一年の時の彼女は、最後にそんなことを言って去っていった。
冷たい。
何を考えてるかわからない。
第一印象と違う。
友達だったか、女の子だったか、似たようなことをこれまでも何度か言われた。
そんなもんだろうか。
人といるのは楽しいし好きだが、ずっとつるんでいるのは面倒だった。
自分のことを深く聞かれるのも、気持ちをいちいち口にするのも好きではない。
――心の壁あるよね。
「……知らんがな。」
そんなことがあり、ちょうど入っていたサークル自体が面倒臭くなってきた時、舞に捕まった。
*
「目標は四年の冬の全国大会優勝。一ペア一種目しかエントリーできひんねん。……あ、ここが競技ダンス部の練習場な。今日は一日使える日やねん」
舞は古びた体育館の扉を勢いよく開けた。
「連れてきたでー! うちの新しいリーダー候補!」
「いや誰がやねん」
中にいた何人かが一斉にこちらを見る。
最初に目を引いたのは先輩達の姿だった。
同じ大学生のはずなのに、男も女も妙に大人びていて、立っているだけで格好がついている。
今度は踊っている人間を見る。
同じ曲で踊っているのに、全員少しずつ違う。
なるほど……こんな感じか。
「ええっ、急に連れてこられたの!? じゃあこれ使っていいよ」
誰かのお下がりなのだろう、全身黒の練習着とシューズを渡された。
言われるまま更衣室で着替え、壁一面の鏡を見る。
「おお〜」
「ねっ、ねっ、テンション上がるでしょ?」
「意外と上がりますねぇ。」
身体のラインが出るせいか、普段よりずっと背が高く細く見える。
無意識に背筋が伸びた。
その時、女子更衣室から舞も出てくる。
舞も全身黒の練習用ドレスだった。
顔の包帯は外し、代わりに顔半分から口元を覆う、スウェット素材の黒のマスク。
御之を見るなり、舞は大袈裟に口を覆った。
「えっ、うちの男かっこよすぎ……!?」
「だから誰がやねん」
「紫月君、なんかスポーツしてた?」
「テニスとか、あとまあ、色々ちょこちょこです。」
「そかそか。じゃあちょっと立ってみよっか。」
男の先輩に言われるまま、まず立ち方から教わった。
ただ姿勢を良くすればいいというものではないらしい。
足は床と反発するように、腰を置く位置まで直される。
「頭から糸で吊るされてるみたいに。そうそう。肩上げない」
先輩が隣でやってみせる。
御之は鏡越しにその身体を見て、同じ形を作った。
「そうそれ! いいねぇ、覚えるの早いね」
「いやいやいや、めちゃくちゃやること多いですやん!」
「腕つけるよー」
そのまま腕を横へ。
さらにワルツの基本ステップを教わる。
脚を動かすのではなく、重心を移動する。
息するだけでキツい。
その時、視界の端を黒い華が掠めた。
バッ——と舞の体が開く。
一人なのに、存在感に目が奪われる。
——綺麗だ。
思わず魅入っていると、舞がうきうきと御之の前へ走ってきた。
「ほな組も」
「もう!?」
「その為に連れてきたんやもん!」
左手を取られ、右手は舞の肩甲骨——背中へ回される。
想像していたよりずっと身体が近い。
だが、舞は当たり前のような顔で鏡を見た。
「ほらな、良い感じ……!」
御之も鏡を見る。
黒いシャツを着た長身の男と、その腕の中に立つ女。
「ちょっと動くで」
舞が重心を動かす。すると、こっちの体が勝手に動く。進む方向と距離を体重の流れから読む。舞に合わせる。それを繰り返す。
曲が止まると、舞は興奮して飛び跳ねた。
「え、ちょっと待って。ほんまに初めて? なんでそんなできんの!?」
「イケメンやもん。」
「なんやそれ! ムカつくわー!」
いや、ぶっちゃけ姿勢はずっとキツい。
もう崩していいすか。
「つか、前組んでた男どこいってん。退部したん?」
「あ、ボクですボクでーす」
少し離れたところで踊っていた男子学生が片手を上げた。
おるやんけ。
「舞ちゃんと組むならねぇ、覚悟した方がいいよ。マジでヤバいから」
「ああーわかりますわー」
「何がやコラ」
「いやぁ、舞はこれがね〜」
前任の男は笑いながら、親指と人差し指で丸を作った。
なるほど、金のかかる女なのか。
まあ金を使うような関係になる気はないしな。
「ほな、入るってことでええ?」
「ま、しばらくは付き合うたるわ。」
「任して! もうめっちゃええ男にしたるから!」
根拠のない笑顔に、思わずふっと笑みが漏れた。
*
そうして入部して一ヶ月。
ダンスは御之の生活を容赦なく侵食していた。
授業が終われば練習。
空きコマがあれば練習。
夜には外部のダンス教室へレッスンに。
そしてこのレッスン代だ。
実際、学割が効いておりかなり破格にしてもらえているのだが……。
『おい! 聞いてへんぞ!!』
『何が?』
『レッスン!』
『今週3回入れたで!』
『アホか!?』
重課金ダンサー爆誕か。
ただ、競技そのものは思っていた以上に面白かった。
姿勢を保つ。音に乗る。表情をつくる。
周囲のペアを視界に入れつつ進路を取る。
自分も踊りながら、腕の中にいる舞も動かす。
その全部を同時にこなし、かつ美しく見せろと要求される。
「これ、リーダーやること多ない?」
「せやで。でもゆきくん上手いと思う。」
「なんで?」
「めっちゃ周り見えとるもん。上から全部見とるみたい。」
「見んとぶつかるやん。」
「普通は自分のことでいっぱいいっぱいやねんで!」
言われて初めてそうなのか、と思った。
ステップを頭に入れ、周りの視線を見れば、どのペアがどこへ来るのかは予測できたし、全体の流れを把握した方が動きやすい。
舞のことも同じだ。
右目が見えない舞は、人より視野が狭い。
後ろ向きに進んでる時なんてほとんど何も見えていないはずだ。
その証拠に、体育館での練習中は堂々と踊れているのに、大会になると急に体が強張る。
なら、自分が見ればいい。
……とはいえ。
「腕で振り回すな! レディのことなんやと思てんねんこのドアホ!」
「手で引っ張んなや、こっちまでホールド崩れるやろ、ボケ!」
「朝から試合前にラーメン食ってくんじゃねーー!!」
「お前口悪すぎやろ!? あと俺が朝飯何食おうが俺の勝手や!」
技術的なところはボロクソだ。
だから、習ったことを家で何度も繰り返す。
生活は基本姿勢を維持する。筋トレも必要だ。
そして舞の恐怖心。
——考える、目標への道筋をつける。
成果は踊れば一目瞭然だ。
「ゆきくん、それ昨日できてへんかったとこやん!」
「ふん」
「なんやそのドヤ顔腹立つわー!」
悪態をつきながら、舞は鼻息荒く去っていく。
……こいつの火傷の理由は知らない。
舞も話してこない。
それでいい。
互いの人生のことなんか知らなくても、身体のことがわかればダンスは踊れた。
そして俺が上手くなれば、舞はもっと綺麗に踊った。
*
財布も体力も時間もカツカツな生活に、少し慣れ始めた頃。
朝練終わりに、突然舞が言った。
「今週末、東京行くで。ゆきくんいっぺん全国のレベル見た方がええと思う。今のままやと井の中の蛙やしな。」
「お前ほんま人に喧嘩売るの好きやな?」
「買うやろ?」
「上等や。東京でも田んぼでも連れてけや。」
結局、週末どころかその日の授業が終わるなり電車に乗せられた。
そして東京の練習場へ入った瞬間、言葉を失った。
フロアを埋め尽くす人、人、人。
何組もの男女が熱気の中で踊っていて、フロアの外にも人がひしめいていた。
背の高い男も、目を引く美女もゴロゴロいる。
遠都で「初心者なのにすごい」「イケメンだね」などと煽てられていた自分なんて、ここでは全然珍しくもない。
それどころか……どこを見ても格上ばかりだ。
「な、おもろいやろ」
腕を小突かれる。
見下ろすと、舞は怖気付くどころか嬉しそうに笑っていた。
「あっ、先輩!」
突然舞の声がぱっと明るくなった。
振り返ると、人混みの向こうから近づいてきた男が片手を上げた。
歩いてくるだけでただの選手じゃないとわかる。
「舞ちゃん、この子?」
「そう。うちの新しい男〜」
「へえ。イケメン捕まえたな」
「でしょー?」
舞が嬉しそうに笑う。
二人で昔の大会や知り合いの話をしている。
何のことを話しているのか、御之には話の半分もわからない。
「この人、高校の時の先輩。プロの先生になったばっかりで、今生徒さん募集中やねんて。むちゃくちゃ上手いで。今度レッスン受けよ!」
「よろしく。今度スクールにも遊びに来てね。」
差し出された手を握る。
握り返され、どきっとした。
こっちが何を考えているのか、握っただけで読まれているみたいな力。
「よろしゅうお願いします。」
手が離れてから、去っていく先輩の背中を見送る。
やべえ……この人すごい。
「ほなゆきくん、踊ろ!」
「今?」
「今って、何しに来たん?」
「ちょい待って。見さして」
フロアの端に立ったまま人の流れを追う。
ずっと動き続けてるやつ。
詰まると外へ切り替えるやつ。
空いた瞬間強引に入ってくるやつ。
滅茶苦茶に見えた流れの中に、一本の道が見えてくる。
だが、それと自分の技術は別だ。
この中で下手くそ晒すんか。
「なあ、ゆきくん」
舞が顔を覗き込んできた。
目が合うと、少し首を傾げて意地悪く笑う。
「本気でやらん方がダサいで」
御之の口の端がひくりと引き攣った。
……ああ、なるほど。
舞が俺をここに連れてきた理由がわかった。
競技ダンスでは、顔だけのイケメンが一番ダサいと言いたいのだ。
「……言うたな?」
「青田買いでこいよ。蛙ちゃん。」
煽られ、同時に火がついた。
そうだ。こいつを優勝に連れていく。
なら、ここにいる全員、舞ちゃんでぶっ倒さなければならないのだ。
「よし、行くで」
「よっしゃ」
舞の手を取って、人波へ入る。
フロアを進めば、誰かと掠るくらい混んでいた。
進路を探し、立って待つ時間がほとんどなのに、舞の身の預け方には不安がない。
前が開いた。
——そこ!
舞を放り出す。
黒いスカートが大きく広がった。
周りにいたカップルの間へ、舞の身体だけがすっと抜ける。
一瞬、横にいた男の視線が舞を追った。
身体の奥をぞくぞくと何かが走る。
もう一回。
次はどこだ。
どこへ置けばこいつが一番注目される。
一組を先に行かせ、さらに内側へ入り込んできた一組を避ける、その空いた外側へ踏み込んだ。
舞の身体が一気に開いた。
さっきより大きい。
キックも決まる。
周りが自分達を避けている。
それを感じた瞬間笑いそうになった。
ぞくぞくする感覚が止まらない。
この子を見ろ。
お前ら全員、舞ちゃん見とけ!
曲が終わる頃には、二人とも汗だくになっていた。
息を切らしながら、御之は舞を見る。
「……どうやった?」
舞も胸で息をしていた。
頬を真っ赤にして、ごくりと喉を鳴らす。
両手を口元の前で合わせ、きらきらと潤んだ目で見上げる。
「めっちゃ……良かった……」
その顔を見た瞬間、全身が熱くなった。
「もういっぺんやる?」
「やる!」
「ほな、次もっとでかく動け。周りは俺が見るから」
舞は一瞬目を丸くして、それからにやっと笑った。
——そこから、ダンスは遊びではなくなった。
『これ見て。昨日優勝した人、めっちゃ上手い。』
『今日練習する?』
『する』
「くっそ、今日めっちゃフロア滑る。ゆきくん、うちのヒールの裏もごしごししといて」
「そんくらい自分でやれや……ってくっさ!!」
「レディの靴臭いとか言うな!!」
「なぁ舞ちゃん……ワルツのルーティン変えようや……」
「えー。ゆきくんワルツ好きやんなぁ。その顔でキラキラした可愛い曲ばっか持ってくんのほんまギャップやわぁ。」
「可愛いのええやん。」
結局、その次の大会も舞が出たいと言った種目に出た。
それでいい。
ワルツはまた今度でいい。
舞には行きたい場所があった。
四年の冬、全国大会、タンゴ優勝。
そこまでの道を考えるのは楽しかった。
こいつが行きたいと言うなら、考える。
一個ずつ考えて、潰していく。
自分が上手く踊れた時より、舞が上手く踊れた時の方が楽しかった。
踊れば舞のことがよくわかる。
身を預けてくれる重みと、繋がっていく力が心地良い。
大丈夫。
お前は俺が連れていく。
「ヤバい……。ゆきくんめっちゃ上手いな……。うち着いてくのやっとや……」
息を切らした舞が嬉しそうに笑った。
思わずふっと口元が緩んでしまう。
「舞ちゃんがええ男にしてくれたもんな?」
「……ふふ、照れるやん。」
舞が髪を耳にかけながら俯く。
マスクの上からでも、白い顔を赤くしているのがわかった。
踊っている時とは違う、熱くて苦しい感情が胸を巡るのを感じる。
手を取る時、向かい合った時、踊ろうと誘う時。
同じ感情が舞の中にも巡り出しているのを感じてしまう。
その熱へ踏み込むのを、慎重に避ける。
踏み抜けば、全て崩れる。
積み上げた中に生まれてしまった、小さなヒビだった。
*
「おはようございます。」
「おはようございまーす!」
二年の冬。
その日も、夕食時から東京でのレッスンだった。
先輩が御之と組み、男側の動きを教える。
今度は舞が先輩と組んで教わる。
その頃には、最初よりも先輩が何をしているのかわかるようになっていた。
自分なら力の入ってしまうところを、先輩はものすごく自然な動きだけで舞に伝えている。
だが、唯一真似できないものがあった。
舞の表情だ。
自分と踊る時は、舞はもっと強い顔をする。
だが、先輩の腕の中では違った。
肩の力が抜け、何も怖がっていないみたいに身体を預けて、ただ嬉しそうに踊っている。
ずっと見ていれば、それなりに答えは出た。
そら好きやろな。
リード上手いし、頭ええし、教えるの上手いし?
「ゆきくん今の見た? あれもやってや。」
「当然やし。」
「やっぱ先輩すごいわ……先輩のレッスンが一番しっくりくる。」
「ほな先輩と組んだらええやん。」
「は?」
「今パートナー募集中らしいで。」
「いや、何で急に感じ悪いん?」
聞こうと思えば聞ける。
先輩のこと好きなん?
なんで俺にしたん?
でも、それを聞くのは踏み込みすぎだ。
「ゆきくん!」
授業が終われば、廊下で舞が待っていた。
練習が終われば二人で飯を食って、電車に乗れば隣に座り眠りこけた。
「ゆきくんのリードが一番好きや」
いやお前……先輩がいちばんしっくりくる言うとったやん。
俺とやっとる時はあんな信頼してこんくせに、リードは一番好き?
……意味がわからん。
考えても、そこだけ綺麗に答えが出なかった。
*
その日、御之は部活の練習をサボった。
『今日腹痛いから休むわ。見たい映画あんねん』
メッセージを送り、我ながら矛盾してたと気づいて十五分後、インターホンが鳴った。
「……何しに来たん。」
「映画観に来た。」
「練習は?」
「ゆきくん休みなんやろ? ほな私も休むー」
当然のように舞が部屋へ入り込んだ。
渋々ソファを明け渡すと、座るなり勝手にリモコンを触り始める。
「あ、これうちも観てへんやつ。」
「俺一人で観たいねんけど……」
「ええやん。ポカリ買うてきたけど飲む?」
「飲む」
結局、二人でソファに並んで映画を観た。
昨年話題になっていた、ある俳優の一生を描いた映画だった。
最初は横でポテチを食べながら好き勝手喋っていた舞も、途中から静かになり、エンドロールが流れる頃には号泣していた。
目元を擦る舞の頭を撫でた。
舞は、振り払わなかった。
映画が終わる。
画面は夜のバラエティ番組に切り替わった。
普段ならどちらかが喋っているのに、今はどちらも静かだった。
舞が肩へ頭を預けてくる。
そのまま、しばらく髪を撫でていた。
先輩と踊っている舞が頭をよぎる。
今は、自分の肩にもたれていた。
「……」
リモコンを取り、テレビの電源を消した。
ゆっくり覆い被さりながら、舞の頬を撫でる。
安物のソファのスプリングが軋む。
舞は嫌がらずに、服の裾を引いた。
「……舞ちゃん、帰る?」
「……帰りたくない」
胸の奥が、大きく跳ねた。
そっと顔の包帯へ手をかける。
舞も止めなかった。
ゆっくり外すと、隠れている皮膚が露わになる。
——なんや、全然可愛いやんか。
御之が静かに顔を寄せる、が。
「待って」
舞の手が御之の胸を押し戻した。
「付き合うてへんのに、キスは嫌や。」
「……は?」
頭が止まった。
「は……? いやいやいや、待って」
「何よ」
「彼女ちゃうん!!?」
「彼女ちゃうわ!!!」
舞が真っ赤になって怒鳴った。
「だって告られてへんもん!」
「いや、告ったよな!?」
「誰が!?」
「舞ちゃんが!!」
「はあ!?」
*
少し前の、部の飲み会だ。
「どうせうちみたいなデカくて足臭いミイラ女には彼氏なんかできひんねん! うわぁぁぁぁん!!」
号泣する舞を介抱しながら、御之は頭を抱えていた。
飲ませすぎた……。
ここまでデカい声で騒がれると、さすがの御之も後悔する。
「ゆきくん最近冷たいし、一緒に帰ってくれへんし!」
「足臭いって言うたし!」
「前の合宿でもあの女とばっかおったやん!」
号泣しながらテーブルに顔を潰していた舞が、ガバリと顔を上げる。
「つか『Uピン差してくださーい』って何!? 『背中のチャック上げてくださーい』て言われて、ほんまにやるやつがおる!? 柔軟も二人でペア組んどったな!? ラインも交換しとったな!? うち全部見とってんからな!」
「あのゲロ女が好きなんやろ! ちっこくて可愛くて甘え上手ですぐヤらしてくれそうなクソビッチが好きねんやろ! クソロリコン変態教師! 捕まって首吊って●ね!」
「つか『スイパラ行きたいんですぅー♡』てなんなんマジあいつ誘い待ち見え見えかキッショすぎやねん!! マジ●す!! 今すぐライン消せ! ブロックしろ! スイパラはうちと行け! もう連絡取んなさもなくば●ね!!」
「いや何なんはお前やわ! 彼女おらん俺の自由やろ! お前関係ないやん!」
「大アリじゃボケぇーーー!!!」
散々暴れた挙句、今度は御之に縋りついて泣き出した。
「うちはあんなふうに甘えられへんもん……。清楚系やもん……。ゆきくんモテるの見てて辛いもん……。ゆきくんはうちだけのやもん……」
鼻水を胸板に擦り付けながら御之の腕にしがみつく。
「ゆきくんち行きたい……」
散々喚いて、泣いて、周囲にたしなめられようやく店を出た。
が、帰り道もまだ終わらない。
「喉乾いた。なんか飲みたい。」
コンビニに寄る。
「ほんまにアクエリしか買うてこんやつがどこにおんねん、ボケッ!! ゴム買えやゴムこの甲斐性なし! 人にばっか飲ませて自分はシラフてほんまクソや! 空気読め腹立つー!!」
何度も脚を蹴られながらどうにか部屋まで連れて帰った頃には、日付も変わっていた。
「えへへ、ゆきくんち来たー。なあ、ゆきくん、うちのこと好き? うちはむっちゃ好きやで。付き合うてほしい……」
さっきまで悪態を吐いていたくせに、今度はべったり甘えてくる。
「キスしたい」
舞がじっと顔を見上げた。
そのまま近づきかけて口元を押さえる。
「あっ、待って! うち酒くさい! 歯磨いてくるから待っとって!」
急に真剣な顔になって、洗面所へ駆け込んで、人の歯ブラシを口に突っ込んだ瞬間、盛大に流しに吐いた。
「……うう、もう無理、死ぬ。ゆきくんうちのこと嫌いにならんで……でも気持ち悪いもう立てへん……」
半泣きで床を這い、暑いからと言って服を脱ぎ散らかし、メイクも落とさず御之のベッドに潜り込む。
「あかん寝る……ゆきくんおやすみぃ。大好きやでぇー……」
そして朝まで爆睡された。
*
「……うちそんなことしたっけ……?」
舞が両手で顔を覆う。
「ほんっまに覚えてへんの?」
「覚えてへん……」
やばいわ、こいつ。
「へへ、うち最悪やな……(笑)」
「えっ、ほな朝の自分のかっこ見てどう思たん? どう考えてもいくとこいっとるやん?」
「あっ、帰った時の記憶ない」
「お前ほんまアホやな!!」
舞は顔の前で両手を合わせ、真っ赤になって目を伏せた。
ぐっと熱いものが胸に込み上げてくる。
止まれなかった。
「ほな……付き合う?」
「そういうのやだ……ちゃんと言うて欲しい……」
舞が見上げる。
綺麗で、可愛かった。
「……舞ちゃんが好き」
舞が嬉しそうに頷く。
それだけで、伝わったのだとわかる。
「うちも、ゆきくんが大好き」
*
「……舞ちゃん」
「何?」
「なんで舞ちゃんは、ダンスしたん」
「……変わりたかったから。綺麗な女になりたかったから……」
ぽつりぽつりと、舞は記憶を拾うみたいに呟く。
「胸張って、自信持って生きてたいから。強く生きてたいから……。だから、クリスティーヌはあかん。可哀想な女の子になるのを許したら、自分がどんどん腐ってまう。だから私はファントムやないとあかんねん。タンゴの時の自分は、かっこええし、強くなれるから……」
言葉を返す代わりに、御之は舞の髪に何度も指を通した。
ただ、先輩と踊っていた時の舞の姿が目に浮かんで消えてくれない。
先輩の腕の中にいる時の、あの満たされた少女の顔が、ずっと、胸に重たく残っていた。




