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華炎戦譚 ー呪われた都で、退魔師達の業と恋が交錯するー  作者: 織河トオコ
第三章 「Dance Dawn Decadence of Gods

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第11話 「神格」


 

天照宮(てんしょうぐう)の性格から考えて、モモさんに危害が加えられている可能性は低いです」


 異形との接触を避け、気配を殺しながら夜道を歩く。柊馬(しゅうま)の冷静な声が緊張を高めた。

 

「……なので、まずは怪我の回復を優先しましょう。皆さんも、あれのことを知った上で動いた方がいい」


 柊馬の予測は半分当たっていた。

 確かにモモは傷一つ負わされていない。

 その代わり――

 リンのチャンネルの動画を見せられていた。

 

 眩い光が弾け、堕神(だしん)が冗談みたいに吹き飛ぶ。モザイクまみれの画面。緊張感のない声にゆるい効果音。


 何よりふざけた動画タイトル。

『【今日も夜散歩】1時間で堕神(だしん)何体狩れるかやってみた』

 

 モモが慌てて両目をこする。

 スマホの画面を向けるリンが、にこにこと自分を指差した。


「ボクのチャンネル♡」

「はァーーーー!!??」


 

* * *

 

  

 ――暁月(あかつき)のアジト。

 額に汗を浮かべた柊馬(しゅうま)が、手から魔術の淡い光をゆっくりと引いた。


 ふう、と大きく息を吐く。

 ベッドの上で眠る花緒(はなお)の肩へ、そっと白いシーツをかけた。


 背後に控えていた亜蓮(あれん)達に振り返る。

 

「終わりました」


 張り詰めていた糸が切れたように、全員がどっと肩の力を抜いた。

 

 ちなみに、御之(みゆき)の右頬は真っ赤に腫れている。誰が花緒を運ぶかで審議になった際、「俺がやる」と近づいた瞬間、意識がないはずの花緒から完璧な裏拳を喰らっていた。

 

「まだ熱はありますが、命に別状はありません。ただ、当分は絶対安静です」

「……わかった」

 

 重い声で受け止めながら、亜蓮は花緒を見下ろした。

 モモの怒りを身代わりに受け止めようとした、花緒の必死の姿が蘇る。


 今はただ、何もかも忘れて眠っているだけだった。


 

* * *


 

 ――暗い室内の扉が音もなく開いた。

 蛇のように背の高い影が忍び込む。

 御之は眉を寄せたまま花緒の脇に立った。

 

 治療が長引いた理由は、柊馬の顔色や動きから察しがついた。モモに折られた左腕以外にも、手首、肘、肩……いくつもの関節が壊れていたのだ。

 

「聞こえてへんか、花ちゃん」

 

 気づかれないよう、指先だけで額の髪を優しくなぞる。

 

「巻き込んで、ごめんな」


 

 * * *


 

 リビングの長テーブルを囲んで一息つける頃には、時計の針は深夜4時を回っていた。

 

 湯呑みから口を離した柊馬が深く息を吐く。千助(せんすけ)は亜蓮の背中に張り付いたまま、恐る恐る顔を覗かせた。

 

「お、お口に合いませんでしたか……?」

 

「いえ、すごく美味しいです。ちゃんと急須で淹れたお茶なんて久しぶりです。」

 

「……白波(しらなみ)君、だったよね。本当にありがとう」

 

 亜蓮がそう言った直後、御之が静かにリビングへ戻ってきた。亜蓮の隣、柊馬と斜め向かいの位置に腰を下ろす。

 

「実は、後から打撲と骨折がいくつも見つかって……。気づくのが遅れたせいで、処置が長引きました。……本当にすみません」

 

 柊馬は気落ちした様子で頭を下げた。

 

 ソファに体を預ける御之の視線が手元に落ちる。それに気づきながらも、亜蓮は背筋を伸ばしたまま言った。

 

「十分すぎるくらい助けてもらったよ」

 

「……そう言ってもらえると助かります」

 

 柊馬は気を取り直すように辺りを見渡した。

 

「良い場所ですね。体内魔力と瘴気汚染の回復が早い気がします」

 

「浄化された土地の上にあるから。結界が瘴気を弾いてるし」

 

「そうなんですね。うちも同じ条件のはずなんだけどな……」

 

 中庭へ続く障子戸を見やりながら、柊馬は憂鬱そうにため息をついた。

 

「やっぱり立地の違いでしょうか。都市部より山の中の方が空気が澄んでいる気がします。建設中の保養所も郊外寄りですし……」

 

 腕を組んでいた御之の口角が歪んだ。千助の表情も、うわ、と青ざめる。

 

 今、大雑把なアジトの場所を言い当てられた。

 

 来る時は位置がバレないよう、土間玄関の魔法陣まで直接転移させた。外の景色は一切見せていないのに、こいつはここが山の中だと言い切った。

 

(空気読めへん鈍感エリートくんかと思たけど……その真逆かもしれんな)

 

 柊馬がもう一度湯呑みに口をつけようとしたその時、視線がカウンターの影に止まった。半分だけ覗く無愛想な顔……。地縛霊の柴犬、タロさんだ。

 

 柊馬の顔がガバッ!と跳ね上がる。

 

「犬を飼ってるんですか!? この生活で世話する余裕が!?」

 

「あ、いや、地縛霊なんだ。だから餌とか散歩とか、そういう世話は必要なくて……」

 

「……! ちょっと失礼します」

 

 言うが早いか柊馬が立ち上がった。数分後、タロさんを抱きかかえてソファに戻ってくる。柔らかい毛並みの背中を優しく撫でながら、心底魂が救われたような表情で息をつく。

 

「犬がいるなんて……極楽みたいなところですね……」

 

「犬好きなんスね……」

 

「動物くらいしか癒しがなくて……。セラピー犬の導入案もあったんですが、反対意見が強すぎて白紙に戻りました……」

 

「えっ、なんかめっちゃ内部事情話してくれるじゃん! いいの!?」

 

 千助がばっと身を乗り出した。御之が呆れたように顔をしかめる。

 

「その調子やと職場で話し相手おらんのちゃう?」


「そうですね……元々孤立気味でしたけど……。異能もらって更に忙しくなったのに加えて、急な昇格で周りとも距離感空いちゃって……」


「あの……なんかごめん……」


「あ、違います。俺の問題なんで」

 

「なになになに!? てことはぼっち仲間じゃん! やったー!! 俺こっち座ろーっと!」


 千助が残像を残して柊馬の横に着地する。うきうきが止められない目でキャバクラ並みの至近距離に詰め寄った。


「俺千助! 歳は23っ、よろしくねぇ! 白波君は!?」


「えっと……20です」


「よっしゃぁ! ならお酒もいけるね! なんか飲むぅ!?」

 

「おっ、ええやん! どんどん口滑らしてこ!」

 

「いい加減にしろ! ごめん、大したもの出せないけど、お腹すいてない? なんか食べてく?」

 

「そうですね……勤務中なんでお酒はすいません。でも昼からずっと食べそびれてて……。……なんか、ここあったかいですね……」


「えっ」

「やだちょっと待って泣いてんの!?」

「やめえや! やりにくいわ!!」



* * *


 ――30分後。

 長テーブルには人数分の空のカップ麺とペットボトルのお茶が並んでいた。

 

 気持ちも腹も落ち着いたところで本題に入る。

 切り出したのは御之だった。


「で、結局あれなんなん? まさかガチの神とか言わんよな」


 膝の上で寝そべるタロを撫でていた柊馬の手が止まった。先ほどまで柔らかかった表情がすぐに引き締まる。


「……わかりません。国家退魔師隊でさえ、明確にあれの正体を答えられる者はいませんから。」


 慎重に言葉を選びながら口を開く。


「ただ、今のところは『現人神(あらびとがみ)』の一種……という説が最有力になってます」

 

「……現人神ってなんだっけ」


 亜蓮が気まずそうに尋ねると、千助が呆れた顔で突っ込んだ。


「"神が人の姿を借りて生まれてきた"ってやつっすよ。だからなんで知らないんですか! そういう教育受けてきたんでしょ!?」


「座学は殆ど寝てたから……」


「やんちゃか! 体育と給食と部活以外寝てるタイプか!」


 柊馬が続ける。


「生きた人間が信仰を集め、力を得るケース自体は珍しくありません。天照宮(てんしょうぐう)も同じです。あれも、生者の"今現在の信仰"を直接の燃料にしています。動画再生数やコメント、いいねやリポストといったエンゲージメント……。生者から寄せられる"感情"や"認知度"がそのまま力になる現代型の神なんです」


 亜蓮が顔をしかめた。


「認知度……?」


「ええ。……最近わかってきたんですが、千年京(せんねんきょう)は、外界の生きた人間のエネルギーに強く影響を受け続けているんです。口裂け女やくねくねといった、歴史の浅い怪談や現代怪異が次々実体化しているのもその表れです」


「現代怪異……。お前なんか知っとるか?」


 御之が振ると、千助は強張った顔で足をゆすっていた。


「そっすね……それに気づいた外のオカルト好きが集まって色々顕現させようとしてるとか……」

「んやそれアホの集まりか!」

「迷惑すぎる……」


 御之が声を荒げ、亜蓮が気の遠くなりそうな顔をした。


「古い神でも忘れ去られれば弱り、新しい怪異でも信じられれば力を得ている。生きた人間のエネルギーがどれほど強いか……それを体現しているのが天照宮です」


 柊馬の言葉にオカルトめいた重みがこもる。

 千助が納得したように呟いた。


「確かに……普通の退魔師なら、あの魔力の十分の一でも使えば死ぬもんな……」

 

「そうです。それが天照宮を神格たらしめている最大の理由です。」


 確信に触れたように、柊馬の声が低くなった。


「普通の退魔師は魔力を使えば(けが)れが溜まります。でも天照宮は穢れない。壊れない。……あれが本物の神なのか、神を名乗る異能者なのかはわかりません。ただ、少なくとも結果だけ見れば十分です。」


 タロの背を撫でる指先が止まり、無意識に力が籠る。


「……あんなのが目の前にいたら、誰だって"神"と呼びたくなりますよ。」


 周囲に冷たい沈黙が降りる。

 リンの一見ふざけた態度が、今は逆に不気味な影すら作っていた。


 タロさんが突然すくっと立ち上がり、大きなあくびをしてソファから飛び降りる。気まぐれに去っていく柴犬の後ろ姿を見送ると、柊馬は肩を落とした。


「……なんだか、答えになってなくてすみません」

「そんなことないよ!」


 千助が勢いよく言った。亜蓮と御之がきょとんと顔を上げる。千助は目を輝かせて拳を握った。


「七福神ってあるじゃないすか。あれだって民衆の願望を集めたアイドルみたいなもんっすからね! 天照宮 リンの動きは、神様としてめちゃくちゃ理にかなってるってことっすよ!」


 御之と亜蓮が目を見開いた。千年京の救世主でありアイドル――リンはそう名乗っていた。


 が、御之が神妙な面持ちになる。


「千助……」

「んだよ……見直したか?」

「それ昔チコちゃんで観たわ……」

「言うなよ!! カッコつけたのに!!」


 千助がワッと顔を覆うが、すぐにキッと目尻を上げる。


「とにかくっ! 俺が言いたいのは、天照宮は外界の人達にとって、無力な願いを聞いてもらえる唯一の超常的存在ってことっすよ!」


「確かに……」

「外の人等からしたら、こっちの内情なんて見守るしかできへんもんやしな」


 亜蓮と御之の中で何かが腑に落ちた。退魔師をやっていると失いかける感覚だが、大半の人々は異形に抗う力など持たないのだ。


「……そうですね。実際、あれに集まる願いも色々です」


 柊馬の視線が遠くなる。


「働いている人達を守ってください、一体でも多くの堕神を倒してください……。実際、天照宮はそういった願いに出来る限り応え続けています。でも天照宮だって、避難誘導や住民対応までしてくれるわけじゃありませんからね。」


 ふと、柊馬が腕の時計を確認した。

 まだ半分残ったペットボトルを片手に立ち上がる。


「……そろそろ行かないと」



 * * *



 転移魔法陣の前で、柊馬はきっちりと頭を下げた。完全に仕事モードへ切り替えた表情で顔を上げる。


「……お世話になりました」

 

「お世話になったのはこっちだよ。色々ありがとう」

 

「そうそ、また遊びにきてよねぇ」

 

「はぁー? 友達んちみたいなノリにすんなや」

 

「なんだよ花緒さんの命の恩人だろ!?」


 柊馬はスマホを取り出し、メモアプリを起動する。


「モモさんのことは念の為捜索依頼に出しておきます。依頼者は俺にしておきますが、モモさんの名前は偽名にしておいた方がいいかなと」


「随分親切やん」


「貴方達のことを利用しようとする人は沢山いますけど、それは俺の本意ではないので」


「ほらぁ!やっぱいい子じゃんっ!」


 千助が悲鳴を上げて柊馬を抱きしめた。柊馬は淡々とした目で亜蓮を見上げる。


「どうします? できれば、探しているのが皆さんだとわかるものがいいと思います。お互いを認識できる暗号や合言葉的なものがあると良いんですけど」


「……」


 亜蓮は少し考えて「じゃあ……」と柊馬からスマホを受け取った。


 両手で黙々と文字を打ち込む。その画面を後ろから男達が覗き込んだ。すぐに「おお〜」と謎の低いどよめきが起こる。


 亜蓮が気まずそうに顔を歪めた。


「……何だよ」

「いい……すげえ悔しさあるけど……!」

「めっちゃ熱いや〜ん」

「そうですね。これなら伝わる気がします」


 ――褒められてるのか弄られてるのか。

 亜蓮は僅かに顔を赤くすると、スマホを柊馬に手渡した。柊馬は職務的な手つきでそれを受け取りつつ、頭を下げる。


「お預かりしました。見つかり次第、連絡します」

 

「……何から何まで、本当にありがとう」


 眉を寄せて心からの気持ちを述べる亜蓮に、柊馬は気まずそうに目を伏せた。しかし、何かを決意したように顔を上げる。


「あの……」


 ごくりと喉が鳴る。

 緊張を押し込めて、真っ直ぐに亜蓮の目を見た。


「そこまで感謝してくれるんでしたら……。一つ、お願いしても良いですか」


 

 

 ――数分後。

 柊馬が魔法陣の光の消失と共に去ったのを見届けると、千助はうっとりとした顔でため息をついた。


「柊馬君……ほんと良い子だったなぁ。うちに入ってくれればいいのに……」

 

「どうだか……。これ以上男増やしてもむさ苦しいだけやん」

 

「一番むさ苦しい体積しとんのはてめえじゃろがい!」


 言い合いながら去っていく二人の声を背中で聞きながら、亜蓮は冷たく並ぶ石の陣を見つめる。


 一方、柊馬もまた、転移魔術の気配が消えた石碑を見つめたまま立っていた。


(――あの時、天照宮以外にもう一つ強大な気配があった)


 冷たく、異形が放つものに近い魔力だった。しかし、その気配は柊馬が駆けつけた時には既に消えていた。不自然な程忽然と。

 

(あれは何だったのか……聞くべきは今じゃない。)

 

 彼等の警戒を強める質問はしない。

 今は恩を売るタイミング。

 やっと得たチャンスを次に繋げる為にも、今は……。


「……」


 同年代の友人達と過ごしたような熱とくすぐったさが、まだ胸の中に残っている。

 

 馴れ合うな。責務を果たせ。

 そう言い聞かせても、心は重い鎖で縛られているみたいだった。

 

 

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