第10話 「天照宮 リン」
「どうしたんだい。食べないのかい?」
惚けた顔で首を傾げるリンの頭の上で、ふわふわの狐耳が不思議そうにひょこりと動いた。
モモは膝の上で拳を強く握りしめた。苛立ちが煮えたぎり、唸り声になって搾り出される。
「馬鹿にしないでください……! こういうの、口にしちゃいけないってことくらい私だって知ってます……!」
「あらら、ヨモツヘグイね。"異界の食べ物をみだりに口にしてはならない"。勉強熱心でえらいえらい」
リンは何故か嬉しそうに肩をすくめる。照り焼きの脂が光る鳥足に豪快に齧り付くと、残った骨をモモの目の前でひらひらと振る。
「安心していい。食べても豚にはならないから。さ、ボク一人じゃせっかくの料理がもったいない。遠慮なく食べたまえ」
可愛さを持て余した余裕の仕草がいちいち癪に障る。無遠慮な態度に、とうとうモモの我慢が限界を超えた。
――バンッ!!
テーブルを両手で叩き、勢いよく立ち上がる。白い皿が跳ね鋭い音を立てた。
「ここはどこ!? なんであんなことしたの!?」
「ここはただの台湾料理屋。これはただのご馳走。あの時ああしたのは、君を助けたかったから」
「助ける……!? 邪魔したの間違いじゃないの!?」
「わかってないなぁ」
リンは残念そうに首を振り、長い尻尾を気怠く揺らしながら笑った。
「あのままじゃ君も君の仲間もただじゃ済まなかったよ。むしろ全員、ボクに感謝すべきだと思うけど?」
反論しかけた言葉がぐっとモモの喉に詰まった。
確かに……あのままじゃ皆大怪我どころじゃ済まなかったかもしれない。
でも違う。そうじゃない。
あの場から無理やり引き剥がされてから、全身がずっと熱くて、じっとしているだけで気が狂いそうだ。
なのに、ゆったりと構えるリンの目には全く隙がなかった。柔らかく笑っているくせに見えない糸がぴんと張っているみたいで、逃げられる気がまるでしない。
苦し紛れにモモは訊ねる。
「……あなたは、神様なの?」
「そう」
リンは居住まいを崩し、熱い濡れタオルで指を一本一本丁寧に拭き始めた。ふわふわのしっぽが膝の上で悠々と揺れる。
「ボクはこの千年京唯一の善なる神であり、現世の信心によって顕現した救世主だよ。そして現在、結界内外合わせて約4600万人のポジティブな信者がボクの活動をサブスクライブしてくれている」
「……4600万? サブスクライブ……?」
「世界人口のほんのひとつまみさ。因みに今年公開された映画でフリーザの戦闘力が80億を超えたらしいけど、それに比べたらボクなんか可愛い数字だろ?」
リンは尻尾の毛並みを整えながら、愉快そうに言葉を滑らせる。
「でも贅沢は言わないよ。信者の数字は右肩上がりだし、潜在層もまだまだいる。コメント欄の雰囲気は概ね良好。アンチ率も炎上率も許容範囲内。"お賽銭"も順調で嬉しい限りだよ〜」
モモは言葉を失った。
何を言っているんだろう。
どれも絶対に神様の口から出る言葉じゃない。
目の前にいるのは人智を超越した神様であるべきなのに、まるで同世代の人間と話しているみたいだ。
リンの姿を改めてまじまじと見る。
淡く光を放つかのような水色の髪。両耳についた愛らしい大きな鈴。汚れひとつない白の着物には、シアンブルーやマゼンタの鮮やかな差し色。
(神様らしい格好は、してる……)
だが、この妙な俗っぽさは気のせいだろうか。
見栄えの愛らしさだけを追求したかのような服飾は、信仰の対象というよりよく出来た広告用キャラクターを見ているみたいだ。
(この人……何なの……?)
* * *
――一方、モモの消えた戦場に新たな足音が響いた。
現れた男を見て、亜蓮は目を細める。
「君は、あの時の……」
花緒の頭を膝に寝かせたまま、亜蓮は片手で彼女を庇うように身構えた。
白い隊服の男は害意が無いことを示すように両手を上げる。ライバル陣営の只中でも、その表情は不思議なほど落ち着いていた。
――国家退魔師隊、白波 柊馬。
「……気配がしたので来ました。この力、持っている者同士存在を感知しやすくする性質があるみたいですね」
言いながら視線が動き、千助を捉える。
「やっぱり、貴方も仲間だったんですね」
「ひっ!」
短い悲鳴を上げて千助が亜蓮の背中に隠れた。怯えた小動物のように亜蓮の羽織を掴みガタガタ震える。
柊馬は気にした様子もなく花緒へ足を向けた。足元の瓦礫を踏み超え、彼女の腕を見た瞬間眉を寄せる。
「……こっちが重症ですね」
膝をつく柊馬の表情が険しくなった。見ただけでわかる粉砕骨折。消耗具合も激しすぎる。これが退魔師隊なら即、任務続行不能で回収される状態だ。
(鬼の子の気配がない……。彼女がやったのか?)
柊馬の手に淡い光が灯り、骨の奥まで治癒魔術を流し込んでいく。目だけは患部から逸らさず声を投げる。
「何かあったんですか。喧嘩でも?」
「そんなとこや」
少し離れたところで、御之が仰向けのまま短く吐き捨てる。柊馬の横で亜蓮が表情を曇らせた。
「すまない。ありがとう」
「いえ……。ですが皆さん、よくこんな状態でやってこれましたね。まともな治癒術師もいないで」
淡々と事実を述べただけの声だった。魔力の光をさらに深く流し込む。
花緒が苦しむ顔に、亜蓮の胸が締め付けられる。だが同時に、モモの安否を思う焦りも膨らみ続けていた。
モモ……早く会って伝えたいことがある。
言わなきゃいけないことがある。
僕のこと、姉さんのこと……
だから……どこにも行くな。
強く拳を握りしめ目を閉じる。
――モモ……僕は……。
不意に、柊馬の口から小さな溜息が落ちた。
「……だめですね」
ぐったりと早い呼吸を繰り返す花緒を、柊馬は見下ろす。
(思ったより酷いな……)
魔術で痛みを散らしながら意識を保っている。無理をしてるのか、強情なのか……。
「……一度眠ってもらって良いですか。無駄に起きていても回復が遅れるだけなので」
「……」
花緒は青白い顔で頷いた。
柊馬が花緒の額に手をかざすと、強烈な眠気が意識を奪う。一度抵抗するように指先が亜蓮の袖の裾を引いたが、すぐに力を失った。
千助が恐る恐る亜蓮の肩から顔を出す。
「き、気絶した……?」
「ただの麻酔的なものです。本当は空閑さんを呼べたら早いんですけど、あの人を呼ぶと神尾もついてくるので」
柊馬はやや呆れた調子で言いながら立ち上がった。鋭い目が亜蓮を射抜く。
「ここにいては何かに狙われますし、移動して手当てしたいです。……貴方達のアジトに入っても?」
言葉は丁寧だったが、視線は鋭い。
助けたい気持ちに偽りはないが、手当を名目に拠点を確認するつもりなのは明らかだった。それでも、亜蓮は躊躇いなく頷く。
「わかった」
「えっ、いいんすか亜蓮さん」
後ろに千助を貼り付けたまま、亜蓮は柊馬から目を逸らさず答える。
「悪意のある人は結界で弾くから通れないようになってる。それに、入れたとしても場所は曇らせてある。見つけられない」
警戒を解いたわけではない。ただ天秤にかけた。この場にいる誰より、この青年の方がまともな治癒魔術を使える。
その言葉を聞き、柊馬が小さく頷く。
「賢明です。嫌な条件を飲んでくださる代わりに、天照宮の居場所は調べます。鬼の人も、恐らく一緒なんですよね」
「は??」
男達が揃って間の抜けた声を漏らした。柊馬は逆に怪訝そうな顔をする。
「……? 来てましたよね、天照宮」
「いや……おったけど。逆になんであいつの居場所わかんねん」
「わかりますよ」
柊馬はあっさり答える。
「スマホの位置情報で。切っていても無線で追えます。姿を眩まされてたらさすがに時間はかかりますけど、そのうち出てきますから」
「は?」
「それより問題は空閑さんですね……」
柊馬が顎に手を当てて考え込む。
「呼べば神尾さんも付いてくるでしょうし……。いや、時間を貰えるなら俺一人でも――」
「待て待て待て待て!!」
「あの……ごめん。全然わからないんだけど……」
御之が飛び起きて片手を突き出した。
亜蓮も困惑した顔で尋ねる。
柊馬はきょとんとした。どうも話が噛み合わない……。そして、何かに気付いたように眉を寄せる。
「もしかして、知らないんですか?」
「知らんも何も! あんなんおるなんて今日初めて知ったわ!」
御之が声を荒げる。千助も青い顔で何度も頷いた。
「ああ……じゃあ『ブロック』されてたんですね」
「ブロッ、ク……!?」
「"認識拒否の魔術"ですよ。ブロックした相手を、完全に認知の外に追い出すんです。天照宮はたまにやるので。今認識できてるということは『解除』されたみたいですけど」
淡々と説明されるが誰も理解が追いつかない。男達の脳内がエラーを出す。
これじゃあまるで、
天照宮を知っているのが当たり前で、
知らない方がおかしいみたいじゃないか。
「なんか……嫌な予感がする……」
千助が青い顔で呟いた。
柊馬は小さくため息をつきスマホを取り出す。
「……見せた方が早いですね」
少し画面を操作して、柊馬は花緒の頭を膝に乗せたまま動けない亜蓮の隣に腰を下ろし画面を向けた。御之が慌てて立ち上がり、千助も亜蓮の背中越しに覗き込む。
そして――
写っていたのは、動画配信サービスのサムネ。見覚えのあるふわふわの狐耳と、水色の髪。 派手な差し色の着物に身を包み、にこやかにこちらに向かって手を振っている。
『国家退魔師隊公認・主祭神/救世⭐︎天照宮リン』
『【RTA】異形100体討伐するまで帰れません⭐︎』
『チャンネル登録者数4680万人』
固まる男達。
柊馬が気まずそうに呟く。
「……うちの広告塔です」
「……」
「……YouTuberです」
「「「はああ!!?」」」
6/6
申し訳ありません!後半部分を差し替えました!やっちまった!!
次話は近いうちにアップします。泣
すでに読んでしまった方は内緒にしててくださいね…笑




