7話
「マスター、現代の『なろう小説』という文化は非常に非効率ですが、カタルシスの計算式が完璧ですね。私の因果改ざんのロジックに通じるものがあります」
世界が『人類絶滅級・不可侵迷宮』と恐れ、半径十キロを完全封鎖している静岡のダンジョン『落涙の騙し穴』。その最深部にあるマスター居住区で、黒髪紫眸の少女――世界初のユニークモンスターへと進化したミミが、ドヤ顔で語っていた。
彼女の手にあるのは、自身の能力【偽造構築】で再現した現代日本のネット小説だ。ベースが「本」であるためか、最近のミミは凄まじい知識欲を発揮し、現代のサブカルチャーを急速に吸収していた。
「……お前、本(魔導書)の姿に戻った方が読書が捗るんじゃないか?」
「何を仰いますかマスター。この人間の姿のほうが、ページをめくるという『情緒的ロジック』を満たせるのです」
透は苦笑しつつ、漆黒の玉座に腰掛け、京都のDM――ハンドルネーム『おいでやす』から裏ルートで届いた最高級のコーヒー豆(を模した魔界の覚醒豆)を淹れた。部屋中に、地上では味わえない芳醇な香りが広がる。
ピコン、と透の網膜に投影された裏同盟チャット【47(フォーティセブン)】の通知が跳ねた。
画面を開くと、東京DMの『1太夫』が、案の定、涙目でログを埋め尽くしていた。
『終わった。マジで終わった。自衛隊のやつら、今度は入り口に「対魔物用電磁パルス(EMP)兵器」の大型ジェネレーターを設置しやがった。うちの自慢の機械系SSR「魔導鉄神」くんが、一歩も動けないまま機能停止してスクラップにされた。もうDPがない、詰んだ』
新宿の地下街に出現したダンジョンの主、1太夫。その正体は、ステータスの暴力に憧れるただの「インドア派男子大学生」だ。彼は自身のユニークスキル【オーバー・スペック】で消費DPを2倍支払い、無理やり最高ランクの魔物を並べる脳筋プレイを続けた結果、慢性的なDP破産に陥っていた。
『あらあら、1太夫はんは相変わらず賑やかなことで。自衛隊の皆さんも容赦おまへんなぁ』
はんなりとした京都弁で書き込んできたのは『おいでやす』。京都の数寄屋迷宮の主であり、地上での正体は老舗旅館の現役女将(40代)だ。防衛能力ゼロのダンジョン入り口を土砂で完全に埋め、格安のDPで最高級の衣食住物資を錬成して引きこもるという、極端な内政特化DMである。
『静岡の旦那ァ!! 助けてください!! 何かあの電磁波を防げるSR以上の魔物とかいませんか!? 10万DPでも買いますからぁ!!』
すがる1太夫の悲鳴を見つめ、透は手元にある「ゴミ箱行きのリスト」をスクロールした。
「指定召喚不可」の透は、日頃からDPを増やすために低コストの魔物ガチャを回している。その中には、我がダンジョンの【猜疑の霧】や【鏡面の氷原】の環境には全く合わない「ハズレの駒」が大量に眠っていた。
透は冷徹にキーを叩く。
『静岡(名無し):1太夫、ガチャで引いたUCの【泥ゴーレム】なら余ってる。ただの泥人形だから電磁波は1%も効かないし、水分で相手のジェネレーターをショートさせられるぞ。……30,000 DPでどうだ?』
『3万!? UCの泥人形に3万DPって、いくらなんでもボッタクリすぎでしょ!!』
『静岡(名無し):嫌なら断れ。自衛隊にコアを叩き割られて、一般人に戻るか死ぬか選ぶといい』
『買います!!!! 買わせていただきますっっっ!!!』
取引は一瞬だった。
透がマーケットに「価値のないただの石ころ」を30,000 DPで出品し、1太夫がそれを落札。システムの手数料20%は、当然のように1太夫へのツケ(返済金)に上乗せされる。
透はノーリスクでUCのゴミを最高値で処分し、同時に「政府が電磁兵器を実戦投入した」という最重要データを無傷で手に入れた。
「毎度あり、1太夫」
画面の向こうで、1太夫が泥人形で自衛隊の最新鋭ジェネレーターを泥まみれにしてショートさせ、「勝ったぞォ!!」と狂喜乱舞しているのが容易に想像できた。
一方、その頃。地上の自衛隊作戦本部テント。
「――なぜだ。なぜ我が庁の最新鋭EMP兵器が、ただの『泥人形』によって完璧に対策されたんだ……!」
ダンジョン対策庁の第一情報分析課長、志摩一課長は、東京での敗戦報告を受け、髪を掻きむしりながら静岡のダンジョン入り口を睨みつけていた。徹夜続きの彼の胃には、すでにストレスで無数の穴が開きかけている。
志摩は、静岡のダンジョンから時折「ゴミ」として排出される、トマトの皮や、破れたメイド服の切れ端(ミミの構造解析の失敗作)の写真を凝視し、天才ゆえの恐るべき誤解に到達していた。
「やはり、繋がっている……! 東京の防衛線が自衛隊の裏をかけたのは、この静岡の『S級マスター』が裏で糸を引いているからだ! 彼は日本全土のダンジョンをネットワーク化し、我が国の兵器データを収集、リアルタイムで最適なカウンターの駒を他県へ闇融資している。……なんという世界規模の経済支配だ。恐ろしい男……!」
実際には、透はただミミの淹れた美味しいコーヒーを飲んでいるだけである。志摩の天才的な深読みは、今日も完璧に空回っていた。
迷宮の最深部。
1太夫からの「闇金」の回収を終え、透の口座の残高はさらに跳ね上がり、ついに10万DPを突破していた。
「さて、ミミ。資金も潤沢だ。そろそろ第3層の拡張を始める。氷の次は、何がいい?」
透が尋ねると、ミミは目をぎらぎらと輝かせ、京都の女将から物資と共に送られてきた最新の現代のファッション雑誌を開いてみせた。そこには「常夏の水着特集」のページが大々的に開かれている。
「マスター! ロジック的に考えて、次は『常夏のビーチ(火山属性の応用)』が最適です! 水着という防具(?)の構造解析も必要ですし、何より私、マスターとバカンスがしたいです!」
「お前……完全にこの引きこもりライフを満喫し始めてるだろ」
パタパタと、嬉しそうにエプロンの裾を揺らす最凶のユニークモンスター。
世界が『不可侵の神域』と恐れる危険度Sの絶対迷宮は、管理者の圧倒的な経済力と、相棒のささやかな欲望によって、地上を置き去りにしたまま「最強のプライベートリゾート」へとリフォームされていくのだった。




