6話
「――信じられん。これが、人のステータスか」
薄暗い洞窟の最奥。黒崎透は、自身の網膜に投影された【ブレイン・リンク】の解析結果を見て、驚嘆の混じった吐息を漏らした。
第2層【鏡面の氷原】へと足を踏み入れた、日本政府の最終兵器。対策庁が誇るAランク探索者、不動。
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【ステータス】
名前:不動 凱人 Lv.48
職業:国家の盾
筋力:82 知力:15 魔力:30
精神力:85 器用:40 俊敏:35
【スキル】
【不動金剛Lv.7】【絶対挑発Lv.5】【直感・危機感知Lv.6】……
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筋力82、精神力85、耐久にいたっては90を超えている。これまでの有象無象とは文字通り次元が違う、まさに「歩く要塞」だ。
不動率いる精鋭部隊の進軍は、驚くほど迅速で、そして完璧だった。
通路に充満する薄紫色の【猜疑の霧】は、同行する高ランク神官の結界によって完全に遮断されている。それどころか、透が仕掛けた【偽造構築】による偽の宝箱や、ミミが農場の羊皮紙で作り上げた「偽の攻略メモ」すら、不動の持つスキル【直感・危機感知】の前に、ことごとく「偽物」だと見破られていく。
「おいおい、どいつもこいつも安っぽい罠ばかりだな! 知能犯のDMとやらも、本物の『Aランク』の前には手も足も出ないか!」
不動が豪快に笑いながら、氷の通路を突き進む。
地上で作戦を指揮する志摩一課長も、通信の向こうで勝利を確信していた。
「……こちらの勝ちです、黒崎。どれほど陰湿で狡猾な罠を張ろうと、それを認知した上で、一切無視して『力』で圧殺する。それが我が国最強の盾、不動凱人です。合理の前に、あなたの小細工は通用しない」
だが。
冷徹な『管理者』である透の瞳から、光は消えていなかった。腕を組んだまま、氷の床を進む彼らの姿をただじっと見つめている。
「流石はプロだ。……だが、見破るのが『早すぎる』」
透の口元が、わずかに吊り上がった。
心理戦において、最も致命的な敗北とは何か。それは「相手の罠を見破り、完全に勝った」と確信した、その瞬間に訪れる。
不動たちは、透が敢えて見破らせた『分かりやすい偽物』を看破し続け、ついに第2層の中央広場へと到達した。
そこには、青白く輝く『第2層のダンジョンコア(のダミー)』が鎮座している。
「見つけたぞ! あれが本物のコアだな! 騙されんぞ、これまでの罠はすべてこの部屋に近づかせないためのブラフだ!」
不動の【危機感知】は、そのコアから何の危険も検知しなかった。当然だ、ただ光っているだけの「ただの石」なのだから。
これまで全ての罠を完璧に見破ってきたという『圧倒的な成功体験』。志摩の築き上げた『完璧な合理』。それが、彼らの目を完全に曇らせた。彼らはその精巧なダミーを、100%本物のコアだと誤認した。
「終わりだァ、ダンジョンマスター!」
不動が巨大な戦鎚を振り上げ、ダミーコアへと突撃する。
その一歩が、指定された『マス』を踏み抜いた。
カチリ、と脳内でピースが噛み合う。
『条件達成――【チェックメイト】が成立しました』
システムのアナウンスが響く。だが、その瞬間、透の脳内に猛烈な痛みが走った。
【チェックメイト】の絶対補正に対し、不動の規格外のステータス――『精神力85』と『耐久90』が、システムの因果改ざんに狂気的な抵抗をかけているのだ。
確率の予測線が、95%……98%……と、100%の手前で激しくブレる。不動が、透の仕掛けた即死トラップ(氷床の爆縮)を、その規格外の頑強さで耐え切ろうとしていた。
「チッ……これがAランクのゴリ押し力か……!」
透の顔に焦りが浮かんだ、その時だった。
ひらひらと、透の足元で舞っていた1枚の紙切れ――ミミ(ミミカル・ペーパー)が、突如として激しい紫色の光を放ち始めた。
『――マスターを、絶対に負けさせない』
透の頭脳を信じ、共に歩んできた最弱の駒。そのミミの内部で眠っていた隠しパラメーター、主への狂信的な「忠誠度」のゲージが、この絶対絶命の瞬間に破裂し、最大値(MAX)を突破した。
世界システムのアナウンスが、世界の全DMの脳内に、轟音となって響き渡る。
『世界初――魔物の「ユニークモンスター」への自動進化を確認しました』
『真名:【終焉を綴る偽書・アルマデル】が世界に登録されます』
光の中に消えた紙片は、次の瞬間、美しくも禍々しい、黒と紫の装丁を施された『一冊の魔導書』へと変貌を遂げ、透の前に浮かび上がった。
アルマデルの頁が高速でめくれ、固有スキルが起動する。
【固有スキル:偽史・因果改ざん】
それは、主人公の【チェックメイト】を補佐する、最悪のバグ能力。
不動がどれだけステータスで抵抗しようと、アルマデルの放つ魔力が「彼らはここで罠にかかって全滅した」という『偽りの歴史』を、絶対的な『現実』へと強引に書き換えていく。
ブレていた確率が、一瞬で100%を突き抜けた。
「が、は……っ!?」
不動の動きが、完全に止まる。
絶対の無敵を誇った【不動金剛】のスキルが強制解除され、彼らが踏みしめていたただの氷の床(Cランク罠)が、突如として「神の槍」のごとき鋭さで爆発。
不動の頑強な肉体を、そして背後にいた精鋭部隊の肉体を、内側から、細胞レベルで一瞬にして貫き、消滅させた。
戦闘すら、そこにはなかった。
ただ、最初から「彼らはそこで死ぬ運命だった」かのように、国家の最高戦力が、音もなく光の粒子となってダンジョンに吸収されていく(ロスト)。
完全なる、チェックメイト。
◇
地上。作戦本部テント。
「……不動? おい、不動! 応答しろ!」
無線機から流れるのは、不気味なほどの静寂だけだった。
志摩一課長は、手に持っていたペンをポロリと落とした。眼鏡の奥の瞳が、恐怖で細かく痙攣している。
「そんな、馬鹿な……。戦闘の予兆すら、なかった……。我が国最強の盾が、一瞬で、消えた……?」
志摩はガタガタと震える手で頭を抱え、絶望の叫びをあげた。
「これはダンジョンなどではない……! 人類の知恵など届かない、異界の『神の領域』だ……!」
この日、日本政府は臨時記者会見を開き、静岡のダンジョンを世界初、人類絶滅級の危険度『S(不可侵迷宮)』に指定した。自衛隊は即座に完全撤退。周辺半径10キロは永久立ち入り禁止の「無人地帯」となり、人類はこの迷宮への介入を完全に諦めた。
◇
その頃、DM専用掲示板【DMチャンネル】は、サーバーが物理的に大爆発するほどのパニックに陥っていた。
『おい見ろ!!! 静岡のダンジョンが「危険度S」になったぞ!!!』
『国家の盾(不動)が消滅したってマ!? 日本の最高戦力だぞ!?』
『初日に「1万DP稼いだ」って言ってたあの名無し……本物の化物だったんじゃねぇか……!?』
『1太夫(東京DM):もうあいつに逆らうのやめよう。機嫌損ねたら日本が終わる……』
恐怖と畏怖のログが、秒間数千件の速度で流れていく。
薄暗いダンジョンの最奥。玉座に深く腰掛けた透の元に、システムメッセージが届く。
『現在の保有DP:301,000 DP(Aランク討伐ボーナスを含む)』
『ボーナス:国家最高峰のSSRスキルオーブを多数回収しました』
「誰も入ってこない、完全な不可侵の神域、か」
静まり返った迷宮の中で、透は新しく生まれ変わった相棒――魔導書『アルマデル』の表紙を、愛おしそうに優しく撫でた。アルマデルは嬉しそうに、ページをパタパタと小気味よく鳴らしている。
「さて、ミミ。世界が俺たちを恐れて、盤面から逃げ出したようだ。……なら今度は、こちらから世界を相手に、次の『チェス』を始めようか」
漆黒の闇の中、知性派のマスターは、世界を支配する次なる一手を指すために、不敵に微笑むのだった。




