5話
「中に入ってこないなら、中に入りたくてたまらなくなる餌を撒けばいい」
黒崎透は、潤沢に膨れ上がった74,000 DPの数字を見つめながら、迷わずシステム画面を操作した。
ターゲットは、地上で冷徹に兵糧攻め(包囲戦)を指揮しているダンジョン対策庁の特定要人、志摩一課長だ。
『消費DP:35,000 DP――ダンジョン第2層を拡張します』
『フィールド特性を指定してください』
「特性は【山岳(霧の渓谷)】。第1層の【猜疑の霧】をそのまま引き継ぎ、視界不良と滑落の危険を乗算させる」
ゴゴゴゴゴ……と、足元から地響きが鳴り響く。ダンジョンコアの奥に、地下へと深く続く新たな巨大な縦穴と、切り立った岩壁が連なる広大な第2層が形成されていく。
今回の作戦の要は、戦闘用の魔物ではない。
「ミミ、準備はいいか?」
透が呼びかけると、UCへと成長の兆しを見せている紙片の魔物、ミミがパタパタと降ってきた。新スキル【偽造構築】により、ミミは今や文字だけでなく、物体の「質感」や「匂い」までを完全にコピーできる。
「地上を釣る『最高の餌』を作るぞ」
透は、以前ネットのオカルトスレや異世界小説で見たことのある、神話級の古代遺物のイメージをミミの脳内に直接流し込んだ。
ミミの白い身体が眩しく明滅する。
数分後、俺の手の上に現れたのは、ずっしりとした金属の重み、経年劣化による美しい青錆、そして手にするだけで脳が震えるような神秘的な魔力の波長を放つ、一本の『錆びついた真鍮の鍵』だった。
【アイテム情報:世界の鍵】
ランク:UR級の完全偽装品
説明
ミミの【偽造構築】により、外見・質感・魔力オーラにいたるまで本物と寸分違わぬ偽装が施された真鍮の鍵。鑑定スキルLv.5以下では偽物と見抜くことは不可能。
「完璧だ。これなら、知性派の志摩一課長ほど、綺麗に釣られてくれる」
透は、第2層の最も目立つ岩壁の祭壇に、この「UR級の遺物」をぽつんと配置した。
そして、その祭壇の周囲をぐるりと囲むように、100DPの落とし穴と、ミミが量産した「摩擦係数ゼロの透明シート」をチェス盤の罠として美しくセットアップした。
仕込みは終わった。あとは、地上へ「情報のリーク」を行うだけだ。
◇
地上。作戦本部テント。
「兵糧攻めを開始して、丸三日が経過したな。志摩くん」
自衛隊の連隊長が、コーヒーをすすりながら状況を確認する。
「ええ。今のところ、内部からの魔物のウエーブ(溢れ出し)の兆候はありません。このまま入り口を完全封鎖し、中のDMのDPが枯渇するのを待つ。これが最も犠牲の少ない、最も合理的な戦術です」
志摩は眼鏡を上げ、満足そうにモニターの監視画面を見つめていた。
だが、その平穏は、一本の緊急連絡によって無残に打ち砕かれる。
「報告します! 我々がダンジョンの入り口付近に設置した『高感度魔力観測レーダー』に、異常な反応が感知されました!」
「……何だと?」
志摩が身を乗り出す。
技術官が震える手で画面を操作すると、そこにはかつて見たこともないほど濃密で、黄金色に輝く巨大な魔力の熱源が、ダンジョンの地下深く――新設されたと思われる第2層から放射されている映像が映し出された。
「これは……まさか、ダンジョンの深層にのみ存在するはずの『UR級遺物』の固有魔力波長か!?」
技術官の叫びに、テント内が騒然となる。
現在、世界中でダンジョン資源の争奪戦が起きている。もし日本国内の、それも東京から近いこの静岡のダンジョンでUR級の遺物(国家の軍事バランスを容易にひっくり返せる超エネルギー資源)が発見されたとなれば、話は完全に変わってくる。




