4話
地上側が「兵糧攻め(完全封鎖)」へと舵を切ったことで、俺のダンジョン『落涙の騙し穴』の前に緊迫した静寂が訪れていた。
自衛隊の厳重な包囲網により、侵入者は一人も入ってこない。すなわち、俺の主な財源である「滞在DP」と「死亡DP」の供給路が完全に断たれたことを意味していた。
「入ってこないなら、DPは稼げない。普通のDMなら、ここで干からびるのを待つだけだな」
現在の手持ちは51,000 DP。
普通に考えれば大金だが、階層を増やし、より強固な迷宮を作るには心もとない。何より、このまま地上に無視され続ければ、俺の生存戦はここで詰み(チェックメイト)を迎える。
だが、俺にはもう一つの武器がある。
俺は淡い光を放つシステム画面から、これまで誰も見向きもしなかった機能――【DMチャンネル・DP取引板】を開いた。
「手数料20%という暴利のせいで、脳筋のDMどもは誰も使ってないようだが……『指定召喚不可』の俺にとっては、こここそが最高の現金化システムだ」
俺は余っている51,000 DPの中から、1,000 DPを投資して「魔物ランダムガチャ」を10回連続で回した。
シュイン、とシステムのエフェクトが走り、手駒のリストが更新される。
【ガチャ結果】
・Cランク:ゴブリン × 6
・UCランク:スケルトンソルジャー × 3
・SRランク:フレイムリザード × 1
「ほう、SRを引いたか」
現れたのは、全身から炎の熱気を放つ巨大なトカゲだ。まともに戦えば強いだろう。だが、我が『落涙の騙し穴』の第1層は、うっすらと湿った薄紫色の【猜疑の霧】が漂う空間。こんな視認性の高い「歩く松明」のような魔物を配置したら、霧による隠密性も、ミミの偽装工作もすべて台無しになる。
「俺の盤面には要らない駒だ。……だが、喉から手が出るほどこれが欲しい『観客』が、あそこにいるな」
俺はマーケットの出品フォームを開き、この『フレイムリザード(SR)』を登録した。
価格設定は――30,000 DP。
SRの適正召喚コスト(約5,000 DP)の、実に6倍という超がつくほどの暴利価格だ。さらにそこに20%の手数料が上乗せされる。
俺は出品ボタンを押し、そのまま【DMチャンネル】の雑談スレッドへと移動した。
案の定、固定ハンドルネーム「1太夫(東京DM)」が、今日も涙目でスレを更新していた。
『おいマジで終わった。自衛隊のやつら、今度は入り口に「液体窒素」の散布機を設置しやがった。うちの氷結系魔物が全部機能停止して、入り口の防衛線が完全に突破された。火属性の魔物さえいれば、あの冷却トラップを相殺できるのに……誰か火属性のSR以上を引いた奴いないか!? DPなら払う!!』
『1太夫、お前もう諦めてコア割らせろよ』
『火属性のSR指定召喚とか15,000 DPはかかるぞ。今の時期そんなに貯め込んでるDMいねぇって』
絶望する東京DM。東京の圧倒的な物量と近代兵器の前に、彼の防衛線は崩壊寸前らしい。
俺は「名無し」のまま、静かにスレッドに書き込みを落とした。
『取引板に、ちょうど今【フレイムリザード(SR)】が出品されてるのを見たぞ。3万DPだから手数料込みで3万6千だが、東京のコアが割られるペナルティに比べたら安いもんだろ』
一瞬の静寂の後、スレ民たちが一斉に動き出す。
『マ!?』
『マジで出品されてるwww 30,000 DPとか正気かよ! どこの強欲マスターだよ!』
『いや、1太夫! 背に腹は変えられんぞ、早く買え!』
数秒後、俺の脳内にシステムからの小気味良いアラート音が鳴り響いた。
『トレード成立:【フレイムリザード(SR)】が売却されました』
『手数料20%(6,000 DP)を差し引き、24,000 DPがあなたの口座に振り込まれます』
「毎度あり、1太夫」
差し引き、23,000 DPの純利益。
ガチャに1,000 DP投資しただけで、一瞬にして資産が約1.5倍に膨れ上がった。
掲示板では『1太夫が買ったぞ!』『これで自衛隊の冷却トラップを焼き払える!』と大騒ぎになっている。
彼らは俺の書き込みを「ただの親切な情報提供」だと思っているだろうが、すべては俺の描いた経済的なマッチングのシナリオ通りだ。
「フッ……他のDMたちを『防衛戦の盾』として生かし続け、彼らが必死に稼いだDPを、このマーケットを通じて俺の元へ還流させる。これが俺の『第二の財源』だ」
地上側がいくら俺のダンジョンを包囲し、兵糧攻めにしようとも、俺は日本中のDMたちの財布を経由して、間接的に「日本政府が他県で消費しているDP」を合法的に毟り取ることができる。
手元に戻ってきたミミ(ミミカル・ペーパー)が、増え続けるDPの数字を見て、パタパタと狂喜乱舞するように跳ね回っている。その拍子に、ミミの進化ゲージがまた一目盛り、カチリと音を立てて上昇した。
「さて、資金は潤沢に74,000 DPまで増えた。地上側の志摩一課長とやらは、外側でじっと待っていれば俺が干からびると思っているようだが……」
透は薄暗い洞窟の奥から、はるか地上の自衛隊テントがある方角を見据え、不敵に微笑んだ。
「これだけの予算があれば、次なる盤面――『第2層』の拡張ができる。志摩一課長、お前たちが中に入ってこないなら、こちらから『中に入りたくてたまらなくなる餌』を仕込ませてもらうよ」
知性派のマネージャーは、次なる壮大なゲームのセットアップのため、ダンジョンコアの拡張ボタンを静かにタップするのだった。




