3話
志摩一課長が率いる、ダンジョン対策庁・自衛隊・そしてプロの探索者からなる『混成調査部隊』が動いた。
今回の侵入者は、先日の素人たちとはワケが違う。
【ブレイン・リンク(解析)】
・前衛(Lv.12・重戦士)
圧倒的な筋力と防御力。しかし、俊敏が低く、何より『直感的で頑固』。
・斥候(Lv.15・盗賊)
高い俊敏と器用。トラップ解除のプロ。ただし『極めて計算高く、損得勘定で動く』。
・後衛(Lv.11・神官)
精神力が高く、状態異常(霧)への耐性を持つが、過労気味で『ストレスが溜まっている』。
彼らは入り口で志摩から直々に「絶対に単独行動をしないこと。不審な文字情報や遺品は無視しろ」と徹底的な釘を刺されて突入してきた。
通路に広がる薄紫色の【猜疑の霧】。神官の浄化魔法によってある程度は相殺されているものの、微量な霧が彼らの肺に確実に滑り込んでいく。
「――ふむ。流石にプロだ。罠の発見が早いな」
洞窟の奥で腕を組む透の脳内マップ。
斥候の盗賊が、透が100DPで増設した落とし穴を、実に見事な手際で発見し、未然に回避していく。
「おい、また落とし穴だ。これ、全部で4つ目だぞ。……だが、罠の構造自体はどれも稚拙だな」
盗賊が鼻で笑う。重戦士も「なんだ、知能犯とか言ってビビらせやがって。大したことねぇダンジョンじゃねぇか」と安堵の息を漏らした。
だが、これこそが透の『誘い(ギャンビット)』だった。
簡単な罠をわざと見破らせることで、「この程度か」という慢心を植え付ける。そして、彼らが罠を回避するために踏む『着地の一歩』のデータが、透の脳内に蓄積されていく。
分かれ道に差し掛かった。
今回のミミ(ミミカル・ペーパー)は、壁のメモではない。
事前に農場(Cランク)で収穫した羊皮紙を使い、透の指示の元、信じられないほど精巧な『防衛軍の作戦指令書(破れて血のついた偽物)』に擬態していた。
それは、わざとらしく壁にあるのではない。
「見落としそうな岩の隙間」に、クシャクシャに丸められて落ちていた。
人間の『隠された秘密を自分で見つけた』という快感を刺激する配置。
「……おい、何かあるぞ」
目ざとい盗賊(斥候)がそれを拾い上げる。広げると、そこには政府の公印(ミミの超絶な模写)と共に、こう書かれていた。
『――左通路の最奥に、未確認のレア資源(魔晶石の脈)を発見。右通路はコアへと続くが、強力な防衛ガーディアン(SR級)が配置されている。本隊はこれより左へ進み、資源の確保を――』
「おい、これ……対策庁の極秘資料だぞ。俺たちより先に別の部隊が入ってたのか?」
盗賊の目がぎらりと光る。彼は損得勘定で動く男だ。レア資源という単語に、脳内の天秤が激しく揺れる。
「待てよ。志摩の指示は『最短ルートでコアの調査』だ。右に行くべきだろ」と重戦士。
「馬鹿言え! SR級の化け物がいるって書いてあるだろ! 突っ込んで死ぬ気か? 左の資源を回収して一旦引くのがプロの仕事だ!」
【猜疑の霧】が、彼らの脳内で静かに爆発した。
いつもなら「リーダーの指示に従う」はずの盗賊が、重戦士の判断を「脳筋の無能」と激しく疑い始める。
神官もまた、疲労から「なんでこの人たちは揉めてばかりなの……」と仲間に強い不信感を抱き、仲裁を放棄した。
彼らは激しい口論の末、重戦士が折れる形で、全員で『左の資源通路』へと進んだ。
――勝負ありだ。
左の通路の奥。そこには資源などない。
あるのは、透が用意した『傾斜45度の滑り台のような急坂』。その先には、ただの深い縦穴(落とし穴)。
「いや、プロならその程度の坂、踏ん張って止まれるだろ?」
普通のDMならそう思う。だが、透のユニークスキル【チェス・マスタリー】が、その「踏ん張る瞬間」の確率を100%へと固定する。
【タクティクス・予測】。
彼らが坂の手前で立ち止まろうとする位置。そこには、ミミが『周囲の床と全く同じ模様』に擬態して敷かれていた。
ただの紙だ。しかし、凄まじい魔力を吸って成長中のミミの表面は、今や『極上のワックスを塗ったかのように、摩擦係数ゼロの超スベスベ床』に変貌していた。
「――チェックメイトだ」
坂の手前で「お前、本当にこの先に資源があるんだろうな!?」と盗賊の胸ぐらを掴もうとした重戦士が、足元のミミを踏んだ。
「あ――」
摩擦係数ゼロ。巨漢の重戦士が、派手に足を滑らせて転倒する。その巨体が、すぐ後ろにいた盗賊と神官を巻き込み、ボーリングのピンのように3人まとめて急坂へと滑り落ちていく!
「うわあああああ!?」
「掴め! 何か掴め――ッ!」
必死に壁の岩肌に爪を立てようとする盗賊(器用15)。本来なら、プロの技術で減速できるはずだった。
しかし、【チェックメイト】の絶対補正がそれを許さない。
滑り落ちる衣服の摩擦で、神官の持っていた聖水ボトルがシステム補正で「偶然」破裂。中身の液体が岩肌を濡らし、彼らの手を完全に滑らせた。
因果が歪み、確率が100%に固定されたデス・スライダー。
3人は時速60キロを超える速度で縦穴へと吸い込まれ、その底に突き立てられたCランクの「尖った石」の山へと、脳天から垂直に突き刺さった。
『侵入者の完全死亡を確認』
『獲得DP:38,000 DP(レベル合計38×1,000)』
『ボーナス:探索者の遺品より【スキルオーブ:罠解除】を回収しました』
「ふう……。流石にプロは実入りがいいな」
3万8千という莫大なDPが口座に振り込まれる。
そして、役割を終えたミミが、ひらひらと穴の底から登ってきた。
その時、ミミのステータスに変化が起きた。
例の『謎のゲージ』が、ついに半分を超えたのだ。それと同時に、ミミのテキストに新しい変化が発現する。
【魔物情報:ミミカル・ペーパー】
ランク:C → UCへ自動進化の兆候
特殊ステータス
『主(透)への忠誠度:MAX(測定不能)』
追加スキル
【偽造構築Lv.1】(文字だけでなく、物体の質感や匂いまで限定的に擬態可能)
「……なるほど。少し分かってきたぞ」
透はミミを愛おしそうに見つめる。
「俺がお前を信じて重要な『駒』として使い、お前がそれに応えて成果を出し、このダンジョンの環境(農場や霧)の魔力を吸うこと。それがお前の『進化のトリガー』なんだな?」
パタパタと、ミミは誇らしげに胸(?)を張った。まだシステム上の明確な条件は隠されているが、透の優れた頭脳は、その育成のロジックを着実に解き明かしつつあった。
◇
地上。作戦本部テント。
「――全滅、ですか。突入から、わずか26分で」
無線機から流れる完全な沈黙を受け、志摩一課長は静かに眼鏡を外した。
テント内の自衛官たちは、信じられないものを見る目で凍りついている。訓練されたプロの探索者と自衛隊の精鋭が、悲鳴一つ上げられずに、文字通り「消えた」のだ。
「志摩くん……一体、中で何が起きているんだ? モンスターの咆哮も、戦闘の爆発音も、何一つ聞こえなかったぞ!」
連隊長が詰め寄るが、志摩は冷静に遺品が再び入り口から吐き出されるのを見つめていた。衣服、武器、そして『血のついた偽の作戦指令書』。
志摩はその偽の書類をピンセットで拾い上げ、ゾッとするような確信に至る。
「……私の負けです。中のマスターは、私のプロファイリングすら読んでいた。この資料の筆跡も公印も、我が庁のものを完璧にトレースしています。彼は我々が『プロとしてのセオリー』で動くことすら計算に入れて、彼らを自滅させた」
志摩の目が、冷徹な科学者のように爛々と輝き始める。
恐怖ではない。極上の難問に出会った一介の天才としての、歪んだ歓喜。
「連隊長。このダンジョンの危険度を……『A(国家級脅威・要塞化対象)』に引き上げます。これより、このエリアの半径5キロを完全封鎖。力任せの突入は一切禁止。……徹底的な『兵糧攻め(包囲戦)』に移行します」
地上側が、ついに本気でこのダンジョンを「人類の敵」として認識した瞬間だった。
◇
洞窟の奥で、システムメッセージを見る透。
『地上側の警戒度が【国家級(A)】に達しました』
『現在の保有DP:51,000 DP』
「包囲戦か。いいだろう。外から一歩も入れないつもりなら、俺は内側からこのダンジョンを『絶対に攻略不可能な迷宮』へと進化させるまでだ」
潤沢なDPと、進化を始めた最高の相棒。
知性派のマスターは、地上すべての頭脳を相手にする長期戦に向け、静かに次なる一手を指すのだった。




