15話
「ハッ、小癪なイエローモンキーどもが。温泉だと? そんな安直な精神デバフで、我が合衆国のエリート軍頭脳が狂うとでも思っているのか」
決戦を数時間後に控えた、北米総督DM『ワシントン』の司令迷宮。
軍服に身を包んだワシントンは、日本のカルテルが構築した『神級大浴場』の魔力波動データを冷笑していた。
アメリカが誇る世界ランク1位のユニークスキルは、ただ強制的にバトルを結びつけるだけではない。空間結合の直前、システム回路の隙間を縫って相手のダンジョンシステムそのものを電脳ハッキングし、構造やトラップの設定権限を強制的に書き換える裏能力――【コード・オブ・リバティ(自由への宣戦)】があった。
「結合の1時間前、日本全土のダンジョンコアにバックドアを仕掛ける。温泉のデータをすべて『致死性の猛毒ガス』と『底なしの酸のプール』に書き換え、自滅させてやる」
ワシントンが冷酷にシステムを操作し、日本のダンジョンカルテルへ向けて不可視の精神ハッキング(サイバー攻撃)を仕掛けた、その瞬間だった。
湿った静岡の洞窟。
透の網膜に、凄まじい速度で真っ赤な防壁ログが走り始める。
『警告:外部より、ダンジョンシステムの基幹コードへの不正アクセスを検知。書き換えプログラムが実行されようとしています』
「ほう……。空間結合の前に、システムの仕様の隙間を突いて、こちらの環境アセットを改ざんしにきたか。世界1位というだけあって、なかなか狡猾な真似をする」
ビーチチェアに座ったまま、透はコーヒーを一口啜り、全く動じることなく不敵に微笑んだ。
「ですがマスター、そのハッキングコードの構築ロジック、あまりにも大雑把で、かつ傲慢で、私から見れば穴だらけの『三流の落書き』ですよ」
透の隣で、ほんの少し大人びた美少女の姿をしたミミ――【因果を統べる聖典・アルマデル】が、背後の金色の聖典をパラパラと激しくめくらせた。
【固有スキル:因果の超越・ハッキング返し】
「ミミ、大阪のコンサルDMから奪った【アナリティクス(効率厨)】を並列起動しろ。相手のハッキング回線を逆に辿り(逆探知)、ワシントンの私室の座標を特定。……そこへ我が系列店の『超高熱・地獄サウナ(設定温度:120度)』の環境データをシステム経由で強制逆転送しろ」
「了解ですマスター! 『自由の国』の総督閣下に、日本の伝統的な“ガチサウナ”の洗礼を叩き込んで差し上げます!」
ミミの瞳が紫色の魔力で爛々と輝き、聖典から放たれた因果改ざんの光が、ワシントンの仕掛けてきたハッキング回線を力ずくで逆流した。
◇
「な、何だと……!? ハッキングプログラムが……逆に書き換えられて(リバースされて)いる!? バカな、世界1位の私の権限を上回るロジックだと!?」
アメリカの司令室。ワシントンが驚愕に目を見開いた、その直後だった。
ガチャン、と重々しいシステム音が鳴り響き、ワシントンの部屋のすべての扉と窓が、不可視の因果の鎖によってロック(完全密室化)された。
シュウウウウウウウ――ッ!!!!
突如として、部屋の四方の壁から、視界を真っ白に染め上げるほどの猛烈な超高熱の蒸気が噴出し始めた。
室温は一瞬にして100度を超え、さらに120度へと急上昇していく。
「ぐ、あああああッ!? 熱い! なんだこれは、部屋がサウナになっているだと……!? 狂っているのか日本のDMは!!」
軍服があっという間に汗で張り付き、熱風で呼吸すら困難になるワシントン。
慌ててUR級の機械軍団【アイアン・レギオン】に扉を破壊させようとするが、ミミの【因果を統べる聖典】によって『この部屋の強度はサウナの規格に準ずる(絶対破壊不可)』という偽の歴史(因果)を現実に上書きされているため、鋼鉄のロボットがどれだけ殴っても扉はビクともしない。
そんな極限のサウナ室の中に、透の冷徹な音声(念話)が、涼しげに響き渡った。
『ワシントン総督。我がカルテルの“事前おもてなし”はいかがかな? そちらの筋力や軍事力がどれほど高かろうと、120度の密室で服を着たまま耐えられるロジックは存在しない』
「お、おのれ……黒崎……透……ッ!!」
『結合まで残り30分。……サウナの後は、我がカルテル自慢の『神界の水風呂』が、日本全土の入り口で君の可愛い軍隊を待っている。……大人しく、整う(全滅する)準備をしておくんだな』
「ひ、干からびる……っ、だれか、冷たい水を……!」
世界ランク1位の最高権力者は、本戦が始まる前だというのに、軍服を脱ぎ捨てて床に這いつくばり、ただの「熱中症寸前の哀れな男」へとハッキング完封されていた。
地上では、この異次元の電脳戦の余波(熱波)を察知した志摩一課長が「……恐ろしい。静岡のS級マスターは、空間を結合する前に、電脳の海を通じてアメリカのホワイトハウス(の司令部)を直接『焼き払って』いる……。世界はもう、彼のチェス盤の上で転がされているだけだ……!」と、ショックのあまり白目を剥いて完全に失神していた。
「完璧な前哨戦ですね、マスター」
「ああ。敵のボスはすでに戦意喪失だ。……さあミミ、空間結合の時間が来る。世界最強の軍隊を、最高の湯加減で迎えてやろう」
引きこもりマスターと進化した聖典。
世界を文字通りハッキングした二人の前で、ついに運命の空間結合のカウントダウンがゼロになった。




