12話
「頼む、静岡の旦那! うちの『万魔鉄塞』を……いや、僕を助けてくれ! もう自衛隊の戦車砲に怯える毎日は嫌なんだ!」
裏同盟チャット【47】の緊急会議室。東京DMの1太夫は、端末の向こうで文字通り床に額を擦りつけていた。
さらに、かつて「これからはロジックとKPI管理の時代だ」と表スレでイキり散らかしていた大阪のコンサルDMまでもが、プライドを完全に犬に食わせた状態でチャットに這い出てくる。
『静岡の、いや、黒崎代表。我が「難波ダンジョン」も限界です。政府の対空ドローンにコアを直接狙われ、毎日生きた心地がしません。どうか……どうか我々のダンジョンも、そちらのような「温泉旅館」にリフォームするノウハウをコンサルティングしていただけないでしょうか!』
静岡のダンジョンが、誰も死なない「合法の楽園」として秒単位で数十万DPを稼ぎ出しているという噂は、裏同盟のDMたちに絶望的な格差を突きつけていた。
火の車の自転車操業を続ける彼らにとって、透はもはやDM界の救世主、あるいは絶対的な支配者に見えていた。
「ハァ……。本当に、この男どもは非論理的ですね」
透の隣で、第二段階進化の光を全身にまとったままのミミが、紫の瞳を冷ややかに細めて呆れ果てていた。進化の予兆によって彼女の存在感はさらに高まり、ただ佇んでいるだけで空間の因果が歪むような神々しさを放っている。
「まあ待て、ミミ。彼らが頭を下げてきたということは、我が『落涙の騙し穴』の経済圏をさらに拡大する絶好の好機だ」
透はビーチチェアに深く腰掛け、淹れたてのコーヒーを啜りながら、冷徹にキーを叩いた。
『静岡(名無し):いいだろう。お前たちに「おもてなしリフォーム」の基礎アセットと、運用のノウハウを売却してやる。ただし、これはただの慈善事業ではない。契約の条件を提示する』
透が提示した「温泉コンサルティング契約書」の内容は、あまりにも悪魔的だった。
1. フランチャイズ加盟料
リフォーム着工時に、一律50,000 DPを静岡に支払うこと。
2. ロイヤリティ(上納金)
今後、温泉施設によって各ダンジョンが獲得した『滞在DP』の「30%」を、永続的に静岡の口座へ自動送金すること。
3. 安全保障
各地で発生した政府の「最新兵器のデータ」および「高ランク探索者のステータス解析ログ」を、リアルタイムで全て静岡へ共有すること。
『30%……!? システムの手数料と合わせたら、半分近く持って行かれる……!』
大阪のコンサルDMが一瞬躊躇する。しかし、透の返信は一言だけだった。
『静岡(名無し):嫌なら、自衛隊の重機関銃で蜂の巣になりながら、今夜中にコアを割られるといい』
『1太夫:契約します!!! 今すぐサインします!!! 30%でも何でも持っていってください!!!』
『大阪:……我が難波ダンジョンも、売却に同意します。黒崎代表、よろしくお願いいたします』
交渉成立。
透は指先一つ動かすことなく、東京と大阪のダンジョンを自身の「系列店」として事実上吸収した。
おいでやす(京都)から仕入れた最高級温泉アセットのデータを彼らに横流ししただけで、透の元には加盟料として計100,000 DPが即座に入金。さらに明日からは、東京と大阪に突入した探索者たちが湯船で「極楽だぁ……」と呟くたびに、その分け前の30%が、何もしなくても透の懐へとチャリンチャリンと permanent に流れ込み続ける『超巨大DP自動還流システム』が完成したのだ。
「さすがはマスター。力ではなく、契約と経済で日本の中枢を支配してしまいました。非常に論理的、かつ最高に悪辣です!」
ミミは嬉しそうにページをパタパタと鳴らし、透の腕に抱きついた。
その瞬間、ミミの身体を包んでいた黄金の光が限界まで膨れ上がり、居住区の空間全体を真っ白に染め上げた。
『世界初――ユニークモンスター【終焉を綴る偽書・アルマデル】の第二段階進化が完了しました』
『個体名:【因果を統べる聖典・アルマデル(ミミ)】へ覚醒します』
光が収まると、そこには――ほんの少し大人びた、しかし相変わらず生意気そうな笑みを浮かべた、極上の黒髪の美少女が立っていた。彼女の背後には、もはや禍々しさすら消え失せ、神聖な金色の幾何学模様が刻まれた美しい「聖典」が静かに浮遊している。
「お待たせしました、マスター。これで私は、ただの『偽メモ』から、世界そのものの確率を直接書き換える『神のペン』となりました。……さあ、次はどこの馬鹿をハッキングしましょうか?」
新しく手に入れた圧倒的な神話級スキルを誇るように、ミミは不敵に微笑む。
地上では、志摩一課長が「静岡のマスターが、東京と大阪のダンジョンを完全に洗脳し、日本全土を包囲する『精神汚染ネットワーク』を完成させた……! 日本政府はすでに、彼の掌の上だ……!」と、ショックのあまり白目を剥いて倒れていた。
日本中のDMをカモにし、地上を恐怖で完全に麻痺させたまま、潤沢な資産と神の駒を手に入れた引きこもりマスター。
透とミミの「優雅なる内政ゲーム」は、もはや国家の枠組みすら超えようとしていた。




