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件は夢を選べない  作者: 弘井 まどり


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「律稀にストレスとかトラウマとか絶対ないって思ってたけど……ごめん。これずっと見てたならトラウマ間違いなしだ。もしかしたらストレス値高すぎて無意識に脳が夢を忘れさせてたのかもね」

「もしかして貶められてる?」


 律稀くん繊細説は一ミリも信じられていなかったらしい。ちょっと解せない気持ちもないでもないが、でもたしかに自分でもストレスとは程遠い人種である自覚はしているのでしょうがない。


 思わず入れたツッコミなんて耳に入っていない様子で秀輔は続ける。


「ということで試してほしいことがあるんだけど……」

「なんでしょうか」

「ちょっと寝てみて」


 寝れるなら俺だって寝たい。それはもう心から切実に。けれど、今の俺にとって睡眠はいわばアレルギーの原因物質のようなものなのだ。

 間近で魘される様子を見ていた秀輔もそれは理解していると思うのだが、いきなり寝てみてほしいとはどういうことだろうか。


「なんでよ」

「さっき話した仮定が全部本当だとしたら、今悪夢は俺が持ってるから律稀が寝ても魘されないはずでしょ」

「え」


 首をひねる俺に返ってきたのは、希望といっても差し支えない説だった。


「確認してみようよ。万が一魘されたらすぐ起こすから」


 いつもの俺だったら一も二もなく頷いていただろう。だがしかし、今は容易にそれに頷くわけにはいかない。

 なんてったって何もかもが足りていないのだから。


「……それって秀輔が寝てみてもわかるんじゃね?秀輔が魘されたら悪夢は秀輔が持ってる、って」

「そう、かもだけど……俺はいま眠くないし」


 渋い表情をする俺を疑問に思ったのか、秀輔が伺うようにこちらを見る。


 それでも頷くことができなかった。だって、期待をしたくないのだ。

 今の俺は期待をするための体力も、気力も、何もかもが足りていない状態である。どうにかかろうじて泣き喚いたり八つ当たりをしていないで平静を保っているように見せかけているが、実はそれもそろそろ限界が近い。


「夜まで待つし」

「でも寝れるんだったら早く寝た方がよくない?」

「それでも……」


 期待をするために必要なものは、全部昨日の病院で使い果たしてしまった。

 もう一度期待をしたとして応えてもらえるならいいが、裏切られたときに耐えられるだけの余裕が今はない。


 昨日何とか自分の足で家に帰ることができたのは、一応ではあるが薬を処方してもらえたからだ。その眠剤を飲めば__今夜こそ眠れるかもしれない。そんな希望に縋りついてようやく、足を動かすことができた。


 結局のところ、記憶の隅に押しやってなかったことにするしかない結果しか得られなかったのだけれど。


「……期待して、寝て、魘された時が一番しんどいんだわ……ちょっと昨日の眠剤チャレンジでメンタルきててさ。できるなら……秀輔に試してほしい、ってのが本音、だったり……」

「……そっか」


 情けないことを言っているという自覚から、声がどんどん小さくなる。


「……うん、わかった。気が利かなくってごめん」

「え、や、全然!むしろ俺の方こそ、わがまま言ってごめん」


 しかし秀輔は一つ深呼吸をした後、俺のわがままを責めることも茶化すこともなく、小さく頷いてくれた。

 その返事に力が抜けていく。


 ほっとして顔を上げると、秀輔が立ち上がるところだった。


「そしたら、えっと……汗かいたし、一旦お風呂入ってくる。眠気も来るかも」


 少し気まずくなった空気を変えるためか、席をはずそうとしているようだ。


「無理しないでいいから。夜まで全然待てるし」

「すぐに確認できた方がいいでしょ。律稀に眠剤もらう……のは、副作用で悪夢見る可能性あるから無しだし……」


 部屋着を用意しながら思考をまとめるかのように自問自答をする秀輔の後姿を眺める。

 眠剤は昨日処方されたものを一応持ち運んではいるが、身長も体重も違う俺がもらったものを秀輔に飲ませるのはよろしくないだろう。

 それでなくても眠剤は悪夢を見せる副作用があるから使えない。ならば正確に現状を把握するためにも、薬に頼らず眠ってもらう必要がある。


 なにか眠気を誘うのに有効な手段はないだろうか。


「子守唄なら歌ってやるけど?」

「すっごいいらない。あ、ご飯でも作ってよ。血糖値スパイク」


 いつもの雰囲気に戻るように、ぱっと思いついた提案をなるべく軽い調子で口にする。

 しかしその提案は一瞬たりとも思考する様子を見せずに断られてしまった。


 代わりに頼まれたのは夕食の準備だ。


 俺は焼き鳥メインの居酒屋の厨房で週に二回程度アルバイトをしている。出来合いのものをあまり利用せずに、一つ一つ店で調理を行っているため、おつまみ中心ではあるが、大学生になってから料理の上達が著しい。

 泊まりに来た時はそれを生かして俺が料理を担当しているのだ。


「ふけんこ~」

「今の律稀には負けるよ」


 捨て台詞のようにそう言い残し、秀輔が風呂へと向かう。

 それを見送ってから、俺も炭水化物中心で味の濃いとびっきりの血糖値スパイクを引き起こせるような男飯を作るために、立ち上がった。

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