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その日は一人暮らしをしている秀輔の家に泊まることになった。
脳内に流れた映像の最後が思いのほか衝撃的だったらしく、秀輔が一人になることを拒んだのだ。
「だって、一人称視点だったんだもん。もしかしたら……いや、絶対に嫌だけど、でも可能性として、今後人の死を見ることはあるかもしれない。でも自分の死はない。絶対にない。だって死んでるんだから」
先ほどから秀輔は同じようなことを何度も口にしている。それほど衝撃的な映像だったのだろう。
「その死んだって……主人公?がってことだよな?」
「そう……映像の視点になってた女子」
一人で抱えるよりも誰かと共有した方が落ち着くかもしれない。そう考えてこちらから質問をしてみる。
それに頷いた秀輔の顔はまだ固く、普段の表情には程遠い。
「急じゃん。何があったん?」
「わかんない……台車押しながら校舎裏っぽいとこの水道に行って、どうやって水汲もうか考えてたのかな。きょろきょろしてたら、急にすごい勢いで視界がぶれて……」
話しながらも自分の頭の中に流れた映像をなぞるかのように、秀輔の視線はどこか遠くを見ていた。
「死んだ?」
ちらりと秀輔の視線が一瞬こちらを向く。
少し間をおいてから続ける声はさっきよりもずっと小さい。
「…………地面が見えたと思ったら、視界に赤い色がすごい速さで広がっていったんだ。それを見てたらどんどん視界が狭くなっていって……気づいたら映像も終わってた」
一通り共有をしてオブラートに包むことを諦めたのか、それとも恐怖を紛らわすためか。秀輔は家に向かう道中、とても饒舌だった。俺のトートバッグの肩紐をつかみながら、一人になるまいとでも言うかのように必死に身を寄せて隣を歩いている。
「結局、お前が見た映像ってなんなんだろうな……てかまずどういう現象よ?」
「わかんない……ほんとに急に脳内再生始まって……」
アパートにたどり着いたところで、ようやく秀輔は肩紐から手を離した。自分のテリトリーに入ったことで少しは安心できたのかもしれない。
秀輔の家は1K八畳、大学生の一人暮らしには十分な広さだろう。トイレバス別、独立洗面台付きはなかなか熱いのではないだろうか。俺もここに住みたいぐらいだ。
鍵を開け、部屋の中へと入る。
戸締りをしている家主を尻目に、当たり前のように先に手洗いを済ませると冷蔵庫を漁っていく。目当ては月曜日に俺が置いていった鮭とばと生チョコプリンだ。
「しゅーすけ、スプーン取って」
「何食べんの?」
「プリン。食う?」
冷蔵庫のドアを開けていたらまずリビングに行くことはできない。横から覗き込んでくる秀輔に、四個パックになっているプリンを指さしながら尋ねる。
「うーん……じゃあ食べよっかな」
返ってきた返事に首肯で答えながら目当てのものを揃え、リビングへと向かう。
鮭とばとプリン、ついでに生ハム。それから自販機で買ったエナドリ。それらをローテーブルの上に全部並べた後、定位置に座り胡座をかく。
そしてスプーンを持ってきた秀輔が目の前に座るのを待ってから、仰々しく口を開いた。
「よし、じゃあ話し合いだ」
「話し合い……」
秀輔が「急に何言ってんだこいつ」と言うような目でこちらを見ながら首を傾げている。
俺はその視線を受け流しつつも、大袈裟な態度を改めると、早速用意した鮭とばに手を伸ばす。
「わかんないから怖い、ってよく聞くじゃん?だからなにか分かればいいんじゃねって」
「たしかに、そうかも……」
そうだ。原因の分からないものは怖い。どうしていいかも、どうなってしまうかも分からないから。
ちゃんと寝れなくなってからその怖さは散々感じている。
その恐怖にいちばん寄り添ってくれているのは秀輔だ。だから今回秀輔が恐怖を感じているのであれば、俺が寄り添う番だろう。
「だから今から報告連絡相談推理の話し合い」
「当事者揃ってるけど連絡いる?」
「……よーし!まずはお互い感じたことの報告からな。あの時俺はなにかが頭から出てった感じがしました」
これってなんかちょっと青春っぽくね?なんて思っていたからか、うっかり不要な単語が混ざってしまっていたらしい。
気づいてしまった秀輔を勢いのみで躱す。危なかった。
秀輔もそれ以上追求する気は無いのか、息だけで笑うと、先ほど感じたことを話し出す。
「……俺は入ってきた」
といってもあの時聞いた以上の情報はない。
あの瞬間、何かが頭に直接入り込んできたような衝撃を感じたと思ったら、脳内に映像が流れ出したのだと言う。
「ってことは俺から出た何かが秀輔に入ってったって考えるのが妥当よな」
何が妥当だ、一ミリも理にかなってねえぞ。と言いたくなるが、様々な疑問をねじ伏せ、わかることだけで事象の整理をしていく。
とりあえず今は少しでもこの状況を飲み込んで、ふとした瞬間に恐怖を感じずにこれまで通りの日常を送れるようになれればいいのだ。
俺の発言を受けて、何かを考え込んでいた秀輔が顔をあげる。
「思うんだけど……これって律稀の見ていた悪夢だったりしないかな?」
「現実的に可能かはさておき?」
「さておき」
冗談みたいな会話だ。
いつもだったら笑い飛ばして終わってしまうようなそんな内容なのに、今日は不思議と納得をしてしまった。
「律稀は脳直で話してるから覚えてるか分かんないけど、何かが入ってくる前、お前が俺に『悪夢はあげる』って言ったんだよ」
「さらっとディスられた?」
「それで……本当に悪夢の受け渡しが発生した、みたいな」
自然な流れで貶されたことは解せないが、秀輔の話は妥当性が高いと思う。
同時期に偶然、なんの関係もない二つの原因不明事象に巻き込まれる、そんなの天文学的な確率以下だ。だったら、まずはこの二つの事象が繋がっているんじゃないかと考えるのが普通だ。




