-
「てか律稀は高校の文化祭どんな感じだったの?」
釈然としない気持ちのまま踵を返し自販機の中に放置していたエナドリを回収していると、背中越しに急に声を掛けられた。
どうやら映像を見ながら俺との会話もしようとしているらしい。
映像が見えない俺はすることもないので、ありがたくその話に乗らせてもらうことにして両手に飲み物を持って秀輔の隣に座りなおす。
「あ~……結構盛り上がる学校だったかも。夏休みから準備始めてたわ」
「夏休みから?文化祭いつだったの?」
答えながら高校時代の記憶を掘り起こす。
俺の通っていた都立高校は夏休み明け、ちょうどこの時期に文化祭が開催されるはずだ。まだギリギリ在学期間が被っていた後輩もいるわけだし、久しぶりに当時の友人に声をかけて文化祭に繰り出すのも悪い案ではないかもしれない。
秀輔を誘って行くのもありだ。
クラスではなくサークルやゼミ単位で出し物をすることが多く、まだ俺たちにはどこか他人事のように感じてしまう大学の文化祭よりも楽しめるかもしれない。
「九月の半ばぐらいだったかな……お前んとこはいつだったん?」
「俺のとこは六月。学校行事って言うよりは高校生主体の地域全体の祭りって感じで地元の人めっちゃ来るの」
「お、田舎あるある?」
「そ。白タンのおじちゃんとか来てたよ」
お互いに前を見たまましゃべり続ける。
秀輔曰く、田舎のおっちゃんたちの春夏の正装は白いタンクトップの肌着に股引なんだとか。
「文化祭に?」
「文化祭に」
「白タンで?」
「白タン股引で」
文化祭というのは学生以外にとっては授業参観のような認識で、普段よりかしこまった服装で来るものではないのか。
そもそも学生か在校生の家族ぐらいしか来ないものだと思っていた。
「うちだったら通報だわ」
「都会って全員おしゃれだよね……」
しみじみと言われて思わず面白くなってくる。
「うける。映像の方は?おっちゃん来てる?」
「いや、まだみんなで幟とか立て設営してる。でも雰囲気的に白タンはこなそう」
「そうなん?」
どうやら映像の中の学校も俺側のようだ。こんな雑な実況の中でも得られる情報があることに感心する。
じゃあ俺は今解説ということになるのだろうか。
「生徒の垢抜け具合がうちの地元と全然違う。これは都会だと思う」
__絶対俺が実況で秀輔が解説の方が合っていると思うんだけどな。
などと考えていると、ちょうど秀輔が解説者のように補足を入れてくるから面白くなってくる。
「ヤンキーいない?」
「ガチめのはいない」
「ギャルもいない?」
「みんなどこか清楚入ってる」
じゃあ今回の俺は賑やかし要員だな、と勝手に自分の役割を決めて茶々を入れていく。
打てば響くとでもいうのだろうか。そんな秀輔との会話はテンポがよく、どこか癖になるのだ。だからダル絡みをするのがやめられない。
「適度な田舎には絶対ヤンキーとギャルがいるっていう秀輔の説好き」
「まじでいるんだって」
普段通りの会話をしているおかげで、だんだんと気持ちも落ち着いてきた気がする。お互いに少しだがこの状況にも順応出来てきているということなのかもしれない。これが人間の適応力か、とどこか他人事のように考える。相変わらずなにも理解できていないことに変わりはないけれど。
「てかさっきから主人公見てるだけで動かないな……引っ込み思案みたい」
「お、どんな感じよ?」
「あんまり輪に入れてないっていうか……特にやることなくって端に立ってる」
ヤンキーやギャルを探しているうちに気付いたのだろうか。秀輔は少し心配そうにしている。
「あ、仕事頼まれた。水汲みっぽい」
しかしどうやら動きがあり、無事仕事をゲットすることができたようだ。
よかった。みんなが盛り上がって忙しそうにしているときに自分だけ何もしていないという状況は、居心地が悪いだろう。
「やったじゃん」
映像の中、しかも自分には見えていないものの登場人物であるにもかかわらず、思わずそんな言葉が口をつく。
秀輔につられて俺までも感情移入をしてしまったのかもしれない。
「台車に衣装ケース乗ってる。これに汲むのかな?」
「飲み物でも一緒に売るんじゃね」
「なるほど。焼きそば食べるときは飲み物も欲しいよね」
そうしているうちに、今自分の手の中にある存在に意識が向く。右手にエナドリ、左手にお茶。
さっさと飲んでしまわないと夏の外気温にやられてどんどんぬるくなってしまう。お茶はまだしもぬるくなったエナドリはおいしさ半減である。
「お茶?」
「お茶」
「そんな貴方に」
秀輔の視界に入るようにとペットボトルを差し出す。それにはすでに夏の暑さにやられて周りに水分がまとわりついていた。
「気が利くじゃん。ありがと」
受け取ろうと手が伸ばされる。
しかしそれは触れる寸前に動きを止めた。
「あ」
短い声が上がる。秀輔のものか俺のものかわからない。
渡しかけたペットボトルが、俺たちの手からすり抜けるように落ちる。ごとん、と鈍い音を立てアスファルトに当たったそれはごろごろ音を立てながら道を転がっていく。
「あ~……」
反射的にキャッチすることもできず、その様子を目で追う。
水滴が日差しを反射してキラキラ光ってる。
「よいっしょ」
勢いをつけて立ち上がり、ペットボトルを拾いに行く。
秀輔から離れていた時間にしてほんの数秒。たったそれだけのはずだった。
振り向いた時に視界に入った秀輔の様子が、それだけの時間で変わっていた。
顔色がどんどんと白くなっていく。それに合わせて呼吸も乱れ、額には汗が浮かび始めていた。
「秀輔」
慌てて名前を呼ぶ。秀輔はぎこちない動きでのろのろと視線をこちらに向けた。
先ほどまで合うことのなかった視線がぱちりと噛み合う。映像が終わったのだろうか。
そう思った瞬間、その目に浮かんでいた感情に思わず息を吞んだ。
真っ黒な瞳に浮かんでいたのは確かな焦り。
そして、恐怖だった。
「死んだ、かもしれない」




