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「いや。脳内で勝手に上映会されてるっていうか……」
「どんなかんじの?」
ゆっくりと瞬きをしながら、秀輔はどこか遠くを見つめる。
そんな秀輔にぎりぎり当たらないような距離を一人の学生が走り抜けていく。
この道は通学路となっているため人通りが多く、このまま立ち止まっていると迷惑だし危ない。人気のないところに移動した方がいいだろう。
「なんか、」
「うん」
「映像が」
「うん?うん」
ぽつぽつとこぼされる言葉に相槌を打ちながら、秀輔の腕を引いて止まっていた足を動かす。この近くに自販機とベンチが置いてある路地があるのだ。そこなら人もめったに通らないし、丁度いいだろう。
されるがままについてくる秀輔の姿が少し面白い。
「えっとさ、なんだ、映画?映画かな?それが脳内に直接……」
「ファ〇チキください?」
「え、食べたいの?」
移動することに何も言わないし、こちらに対して何も反応をしてこないので、もしかして相槌も聞こえていないのかと思い少しふざけてみたのだが、まさかのちゃんと聞いていたようだ。しかしこのネタは知らないらしい。
「あ、気にしないでください。とりあえず録音するから実況して?いろいろあとで確認しようぜ」
ミームが伝わらなかったとき無性に恥ずかしくなるのは俺だけだろうか。ベンチまでたどり着きそこに秀輔を座らせ、気恥ずかしさを押さえながらも何食わぬ顔でその横に腰を掛ける。
スマホを取り出して講義の時によく使うボイスメモを立ち上げると、その画面を秀輔に見せて無言で続きを促した。
「なんていえばいいんだろ……教室……多分高校かな」
ようやく虚空から視線をずらし目を伏せた秀輔は一つ頷くと、流れているという映像について語り出す。
「映像は朝から始まってね、さっき学校着いた」
「生徒がたくさんいる」
「校則緩いのかな?あ、違う。なんかイベントみたい。みんな気合入ってる」
「うお、俺もスカート……なるほど、女子生徒視点なのかも」
「登校シーンからでよかった。着替えもあったらやばかったな」
「やきそば……文化祭か。文化祭の日みたい」
聞きながら、その情景を思い浮かべる。たった二年前のことなのに高校という響きがすごく懐かしく聞こえた。
あの頃は若かった、なんて思いながら隣を見ると、心なしか先ほどより表情が和らいでいる秀輔の顔が見える。
「……なあ、なんか楽しんでない?」
さっきまで困惑した表情しか浮かべてなかったというのに、気が付いたらこの状況に楽しさを見出しているなんて、相変わらず好奇心旺盛というか、神経が図太いのかもしれない。
「えー……いや……怖い、し、混乱もしてるよ」
「ほんとか?」
たしかに未知の現象に恐怖を感じているのも、混乱しているのも嘘ではないだろう。現にいつもだったら周りを置いていかない秀輔が、どんどんと一人でしゃべり続けているのだ。
「ほんとに。マジで一ミリも理解できないし……でもなんか映画っぽくって」
「お前映画好きだもんな」
「そう。だからまぁ……ちょっと面白いかも。なんか盛り上がってるし」
「へー」
しかし、いくら聞いても秀輔の脳内が今どのような状態なのか、全く想像がつかない。隣のこいつも今説明をする気はないようなので、理解することを一旦放棄しスマホを置いて立ち上がる。
ちょうど隣に自販機があるのだ。ここでおごりの約束を果たしてやろう。
「主人公の女子がちょっと大人しめっぽいんだけど……これはこの陽キャ男子に恋してるね」
「このって言われてもわかんねえよ」
とうとう考察まで始めたらしい。一応こちらに話しかけている体でいるが、人物紹介もしてくれないところをみると相槌も必要としていないのではないだろうか。
「本当に映画っぽい……なんなんだろう、どういう現象?あ、移動するみたい」
「な。俺も困惑しかないんですけどー」
それでも合いの手を入れてみるが、案の定俺の言葉に秀輔が答えてくれることはない。
伏目がちのままベンチに座っている姿を脇目に見ながら自販機にお金を入れ、ボタンを押す。秀輔にはペットボトルのお茶で、あとは自分用にここ一週間禁止にしていたエナドリでも買っておこう。
「うわー青春だ」
何か青春らしいことが起きているらしい。
「しゃべるなら俺にもわかるようにしゃべってくれ~」
なぜだろう。少しだけさみしい、というか疎外感を感じてきた。ここが映画館だったなら俺だけ目の前に柱がある席に座っているような、もしくはスクリーンすら用意されていない席のような。同じ会場にいるはずなのにどうやってもその一体感の中に入れない、そんな席にいる気分になってくる。
スクリーンのある席が用意された秀輔はすでにオーディエンスと化しており、こちらのことは完全に置いてけぼりだ。
「……この映像生々しいな」
「え、なになになになにえろいこと!?」
もう秀輔の意識がこちらに戻ってくるまで放っておくか、と思い始めた時だ。
聞こえてきた言葉に思わず食い気味で返事をして、お茶を片手に勢いよく振り向く。
ガコンと音を立てて落ちてきたエナドリも自販機の中に置き去りだ。
「は?バカっ演技っぽくないってことだよ!めっちゃリアルなの!ワンカット撮影っぽいし」
「びっくりした……急に下ネタ言い出したのかと思ったわ」
「その思考にこっちがびっくりだわ」
下ネタがあまり得意ではない秀輔には聞き捨てならなかったのだろう。
先ほどまでの俺の言葉には全く反応を返してくれなかったくせに、即座に否定された。
たしかに秀輔がこんな状況でそんな話をする奴ではないことは知っている。知っているのだけれど、今の単語だけ切り取ったら完全にそっち方面の話にしか聞こえなかったのだ。だから口が勝手に動いてしまったのも仕方がない。
「ケンゼンな成人男性のまっとうな思考です~」
胸を張って言うと、呆れたように少しバカにしたように笑われる。
秀輔だってケンゼンな成人男性のはずなのに。あたかも自分は違います、といった顔をしていることに納得がいかない。




