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件は夢を選べない  作者: 弘井 まどり


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7/14:8ページ目に抜けがあったため更新しております。

***


「お、おかえり~」


 冷凍していた焼き鳥を使って親子丼を作り終え、キッチンで一息ついた時だ。タイミングよく秀輔が風呂から戻ってきた。


 ありがたいことに、俺のバイト先はラストまでシフトに入ってると余った焼き鳥が持って帰り放題なのだ。しかし食べすぎていたからか、最近はそのままの味に飽きてきたのでこうしてアレンジをして活用させてもらっている。


「ただいま。親子丼?」

「おー味濃いめ卵マシマシ」


 ドライヤーを少しさぼったのか、秀輔の髪の毛先はまだちょっとだけ湿っていた。

 いつもより少し重たげに揺れるそれを見ながらも、キッチンの換気扇を切り親子丼とともにリビングへと戻る。


「おいしそ、ありがと」

「いーえ。箸も用意してあっからもう食べようぜ」


 ローテーブルを占領しているプリンたちを雑に端に避け、丼を二つ置く。

 お互いがその丼の前に座り準備ができたことを確認すると、どちらからともなく手を合わせる。


「いただきます」

「いただきます」


 うん。めちゃくちゃ白米が進む味をしている。我ながらいい感じに作れたのではないだろうか。


 なんて、心の中で自画自賛をしてから数分。

 部屋に響くのは食器が当たる小さな音だけになっていた。


 いつもだったらもっと賑やかな食卓になるはずなのだが。


 少しの気まずさを感じつつ、俺は横目で秀輔の様子を盗み見た。

 いつもより箸の進みが遅い気がする。一口一口必死に飲み込んでいる、そんな印象が否めない。


「もしかしてまずい?」

「え?」


 もしかして寝不足というのは味覚もやられてしまうのだろうか。

 自分的にはそこそこおいしく感じるのだが、他の人が食べたらそうでもないのかもしれない。


「いつもより食べんの遅くね?」

「……別に、そんなことないって。今日の親子丼もおいしいよ」

「ならいーけど……」


 過度に気を使い合う関係性はもうとっくに通り越している。まずい時はちゃんとそう言ってくれるはずだから、俺の味覚はまだおかしくなっていないのだろう。

 しかし、ごまかされた感も否めない。首をひねりつつも食事を続ける秀輔に倣って、俺も再び親子丼に箸をつける。


 そのあとはいつもと同じようにぽつぽつと会話が交わされ、学部の誰が前期落単しただの、あいつが旅行先で彼女に振られただの、くだらない話をして夕食を終えた。


「あー腹いっぱい。俺まで寝そうだわ」

「寝ないでね。俺が魘されてたらちゃんと起こしてよ」


 先ほど食べなかったプリンまでしっかり食べ終え、腹をさする。

 空腹が満たされたことによってじわじわと眠気が襲ってくるが、今日の俺はこれに負けるわけにはいかない。

 このまま横になりたい気持ちをぐっと抑え、立ち上がるために膝を立てる。

 

「わかってるって。あ、秀輔、丼」

「ん。ありがと」


 皿洗いまでが俺の仕事だ。眠気覚ましも兼ねてちゃっちゃと済ませてしまうために、秀輔から食べ終えた丼を回収しようと手を伸ばす。


 その瞬間、手が触れる。


 冷たい。


 その手は驚くほど冷たかった。クーラーをつけているとはいえ、今は夏だ。しかも風呂に入って食事もして、体温が上がるようなことしたばかりだというのに。

 反射的に顔を上げると、秀輔は少し気まずそうに、それでも何でもない風を装うように視線を逸らした。


「秀輔」

「じゃあその間に歯磨いてくる」

「待った」


 よくわからないが何かを隠している。

 瞬時にそう察した俺は丼を放り投げるようにして手放すと、逃げようとする秀輔の腕を掴む。


「もしかして具合悪い?」

「……どうして?」


 掴んだ腕も、手ほどではないが夏にそぐわないぐらいには冷えていた。

 そして、不自然までに目が合わない。これはこいつが何かやましいことがあったり、ごまかそうとするときの癖だ。元来隠し事などが得意でないのだろう。


「手冷たすぎだろ」

「あー……シャワーの温度下げすぎちゃったかな」

「秀輔」

「これから寝るしすぐあったかくなるよ」


 秀輔はうっすらと笑顔を浮かべながら当たり障りのない回答をしてくる。これが普段と同じ態度で発せられた言葉だったら俺もうっかり信じてしまっていただろう。しかし、秀輔の態度がそうさせてくれない。


 いったい何がこんな態度を取らせているのか。

 ごまかそうとする秀輔を見据えつつ、思考をめぐらせる。


 やはり映像のせいだろうか。いや、それならむしろ帰り道ですでに怖がっていることは本人の口から伝えられている。隠す必要なんてない。


 ほかに原因があるはずだ。


「えっと……だから、手離してほしいな」


 映像そのものに対する恐怖や混乱じゃないのなら。


 ……緊張?


「律稀?」


 何か言っている。しかし俺はそれを無視して、じっと秀輔の様子を観察する。

 緊張。秀輔は緊張しているというのだろうか。


「りーつーきー」


 覚えているのは、秀輔に寝てほしいとお願いした時の顔。少し眉間にしわを寄せて困ったような顔を、一瞬していなかっただろうか。

 その後は?その後は秀輔が風呂に行って、出てきた後に飯食って。食べているとき、確かに少し様子がおかしかったけど、ちゃんと顔を見て食事をした。

 

 じゃあ俺が秀輔の顔を見ていなかったのは、風呂に向かったとき、その一つだけだ。自然な流れだったし、立ち上がったからたまたま視界から顔が外れていただけなのかもしれない。けれど、一度思いついてしまったこの可能性が正解であるような気がしてならない。


 もしかしてだけど秀輔は__

 

「寝るの怖い?」


 掴んでいた腕が、びくりと震えた。

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