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「……なに言ってるの?そんなわけないでしょ。俺は魘されてないんだから」
しかしそう答える秀輔の声はいつも通りで、まるで自分が気にしすぎているかのように感じてしまう。
けれども、その間も決してこちらを見ないその態度が、俺の考えが正しいことを証明してくれている。
「じゃあこっち見ろよ」
その言葉に反応した秀輔が睨みつけるようにしてではあるが、ようやく視線をこちらに向けた。
「見てる」
「見てなかっただろ。お前マジで自分が思ってるより嘘つくの下手だかんな」
そっぽを向いていた自覚はあるのだろう。それ以上の反論が見つからないのか、返事はない。沈黙が流れる。
一度思いついてしまえば、なんで気づかなかったのかわからないぐらい簡単な話だった。
家に着くまでもあんなに怖がっていたのだ。もう一度それを見てもいいなんて、そりゃ思えるわけがないよな。思わずため息が口からこぼれる。
それが聞こえたからか、秀輔がこわばった顔で言葉を絞り出そうと小さく喘ぐ。
「ごめっ……」
「とりあえず、悪夢返して」
「え?」
意味もなく謝ろうとしてくる秀輔を遮って話を切り出す。
誤解をさせてしまっただろうけど、先ほどのため息は秀輔に対するものではない。なんというか……ちょっと甘えすぎてしまっていたなという自分への呆れのようなものだ。
「『悪夢あげる』って俺に言って。現状一番可能性の高いトリガーはそれっしょ?」
「……急にどうしたの」
秀輔の見た映像は、おそらくもともとは俺の寝不足の原因__悪夢のはずだ。
何でこうなっているかは全くわかっていないが、俺が見ていた悪夢が秀輔に移った。巻き込んだのは俺だ。それなのにそれに気づかず、秀輔の優しさに甘えようとしてしまっていた。
「俺は何でか知んないけど夢の内容全く覚えてないからさ!寝不足我慢するだけでいいし……あ、眠剤も今日は効くかもしんねえし」
「だからなんで、せっかく」
何を言っているのか分からないとでもいうように、顔をしかめた秀輔が首を振る。
きっと秀輔は巻き込まれたなんて微塵も思っていないのだろう。最初から当事者であったかのようにこの状況をとらえてくれている。
いつかそこに付け込まれて連帯保証人にでもなってしまうのではないだろうか。後でちゃんと言い聞かせておかなければ。
けれど、今はまず悪夢を返してもらうところからだ。
「自分が死ぬの、もっかい見るの怖いよな。悪い、気が付かなかった」
俺の想像は当たっていたのだろう。その言葉に、秀輔が息を呑む。
「っ、違う。本当に違うから。緊張……ちょっと緊張してるかもしれないけど、そういうんじゃ全然なくって……」
必死に否定されるが、いつもの言葉の巧みさはどこにもない。そんなんじゃ納得できるわけがないだろう。
それは秀輔も自覚しているのか、どんどんと言葉の勢いが衰えていき、しまいには悔しそうに唇をかみしめている。
仲間内では比較的いつも冷静なはずなの秀輔が、こんなにも焦りを前面に押し出している様子が珍しく、割と真剣な状況にもかかわらず感心してしまう。
「な、お願い。俺はお前が寝れなくなってでも寝たいわけじゃないから」
しかしそれを表には出さずに、下からのぞき込むようにしながら目を見て〝お願い〟をする。途端に秀輔が視線をうろつかせだした。
__よし、いける。
こいつは誰かからの真剣な〝お願い〟に弱いのだ。弱いというだけで何でもかんでも頷いてくれるわけでないが、その誰かが仲間認定をしている俺であるならば、成功率は低くはない。
やはり後で書類には簡単にサインしないように念を押しておかなければ。
「……返すにしても、その前に律稀は寝た方がいい。一日ぐらいだったら俺寝ないでいればいいし」
それでも頑固な秀輔はあと一歩を譲らない。
「それで実際俺が快眠出来ちゃったら、秀輔そのまま悪夢引き受けるだろ」
「そんなこと……」
「あるんですよ」
少し強めに言うと秀輔が完全に視線をそらしてしまう。
しかしまだ主張を曲げる気はないのか、小さな声で反抗を続けてくる。
「……ない」
「あるんだって」
数秒の沈黙が流れた。秀輔は少し不貞腐れたような、納得のいかないような表情をしている。
怖がっていたことを見抜かれて、心配している相手に気を使われたとでも思っているのかもしれない。
違うのに。むしろ秀輔は怒っていい。勝手に巻き込まれて、さらに優しさに甘えられていたのだから。
「ほーら。元は俺のだろ。返して?」
ついに眉間にしわを寄せたまま黙り込んでしまった。そんな秀輔の反応に苦笑をこぼしながらも、その腕を引き再び床に座らせる。
「秀輔」
名前を呼んでも反応がない。
一度引き受けて、しかも多分風呂で覚悟を決めてきた以上、簡単に引き下がれないのだろうか。
「しゅーすけ」
男である以上プライドというのもは無視できないものだ。きっと今それに折り合いをつけてくれているのだろう。
一方的に肩を組んで体重を預ける。ようやく秀輔がこちらを見てくれた。多少うっとうしそうな顔をしているが、気にせずもう一度名前を呼ぶ。
「しゅーすけくーん」
秀輔が観念したように目を閉じ、小さく息を吐く。
口を開く気配がしたので、聞き逃さないようにと耳を近づける。
「…………わかった」
「お」
心の中で盛大なガッツポーズをした。秀輔を納得させるのはなかなか骨が折れるのだ。今回使った〝お願い〟はいわば最終奥義。これがなければこうもすんなり話はまとまらなかっただろう。
再び話がこじれる前に返してもらおう。そう考え、早速と言わんばかりに回していた腕をほどいて正面から秀輔を見る。
「一緒に寝る」
「ん?」
しかし続いて聞こえてきたのは、想像していたどの返事とも違うものだった。
思わず間抜けな声が出る。
「今から、俺も律稀も寝る。このまま。二人で確認する」
「……どうしてそうなった?」




