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「そう」
「そうなん!?」
声が裏返る。まさかの肯定が返ってきた。
返ってくるにしてももっと曖昧な返事だと思っていたのだが、もしかして何か決定的なシーンを思い返すことができたのだろうか。
映像で血らしきものが見えてから混乱してしまったようで、そのあたりの詳細を覚えていないと秀輔は言っていた。
けれどもいざ現場になる場所を見たら、フラッシュバックするものがあったのかもしれない。
記憶喪失でも、何かをきっかけに記憶が戻ることがある。そんな話をどこかで聞いたことがあった。
まじまじと秀輔を見る。
「いや、わからないけど」
「わかんないんかい!」
しかし当の本人はちらりとこちらを一瞥すると、涼しい顔で答えを濁してきた。
反射的に手が出てしまい、秀輔の腕をはたく。
「全部想像だもん」
その腕をさすりながら秀輔がしかめ面をする。
確かに最初からここに来るまで、俺たちはすべて想像と推測だけで動いてきた。
だから今話していることだって、これから話すことだってすべてそうなるのは当たり前だ。
けれどもあまりにも秀輔が「当然です」といったような顔をしているから、何か新しい情報がわかって、この説にたどり着いたのかと思ってしまった。紛らわしい奴め。
「じゃあ自信満々に言うなよ」
「でも筋通ってる気がしない?」
それはもちろんそうだ。だからこそヒントをもらっただけの俺でも秀輔と同じ説にたどり着けたのだから。
「する……きもしなくもない」
だとしても、したり顔でこちらを見てくる秀輔を前に手放しで頷くのはどこか腹立たしい。
曖昧にしたくて言葉を濁しつつ歯切れの悪い返事をするが、そんな気持ちはお見通しなのだろう。満足げに笑いながら話を続けられる。
「どっちかが頭に注意して、もう一人が周りを注意する、とか役割分担もできるし一つぐらい仮説立てておいてもいいと思うんだけどどう?」
もう一発ぐらいこずいておこうかと思ったが、秀輔が言っていることはすべてもっともだ。
闇雲に二人で注意を分散させるよりもお互いに見る範囲を絞った方が細かいところまで見ることができる。
ただでさえ俺たちはなんで女子生徒が倒れるのかがわかっていない。そんな状態のまま現場についてから二人であたふたと原因になりそうなものを探していたとしたら時間が足りない可能性だってある。
だったらあらかじめある程度可能性を考えておいた方がいい。
ほかに何か可能性が思いつかなかったら秀輔が言った通りにするのが無難だろう。
「たしかにな。台車に衣装ケース乗せてる子いたら囲ませてもらうとかよりは現実的か」
先ほど通ってきた道をそのままたどり、左に曲がる。ここの突き当りが学校を囲うフェンスだ。
俺たちは少しスピードを落とし、さりげなく周囲の住宅に視線をやりながら歩いていく。
ここにも防犯カメラが付いていたりしないか確認をするためだ。
今や防犯カメラを取り入れているのは学校や公共施設だけじゃない。
玄関前、駐車スペースを重点的に見ていく。
それっぽいものはないように見えるが、それでも気を抜くことはできない。
住宅街なのだから、カメラがなかったとしても人の目がある。
ランニングに出てくる人がいるかもしれない。
ベランダが道路に面している家もある。洗濯物を干しに人が出てくる可能性もある。
理由もなく外を眺める人だっているはずだ。
誰かに説明できるものではない俺たちの行動は、誰か一人にでも見られてしまったら最悪の場合前科持ちデビューだ。
「それは最終手段だね」
あれこれと自分の行く末を考えながらほとんど脳死で発していた言葉に同意が返ってきて、散らばっていた意識が戻ってくる。
まさか冗談半分の案が却下されないとは思わなかった。
「ありなのかよ」
「死ぬよりはありでしょ」
自分で言ったことではあるけど、本気で言ってるのかと疑いの目で秀輔を見てしまう。
しかし、秀輔は俺とは違って何も考えずにしゃべっているわけでも、冗談に乗ってくれたわけでもなかった。
その言葉で思い出す。
そうだ。死ぬかもしれないのだ。
それが嫌で俺たちに救難信号を送ったというのなら、不審な男に囲まれることぐらい我慢してもらうしかないだろう。
できればそんな事態になってほしくはないが。
「それもそうか」
女子生徒を囲むなんて、下手したらトラウマを植え付けそうな手段に出る必要もなく、何事もなく終わってくれれば一番いい。
でも、なぜだかその願いは叶わない気がしている。
何事もなく終われるのであれば、俺たちはきっと今この場所にいない。根拠もないがそんな確信にも似たものがあるのだ。
「てかフェンス越しに見守れたりしないかな」
フェンスの手前までたどり着いたところで秀輔が足を止めしゃがみこむ。
なにをするのかと思えばそんなことを言い出すではないか。
どうやらフェンスの隙間から校内を覗こうとしているらしい。
なるべく見つかった時のリスクが少ない方法を取りたいのだろう。それは俺もそうだ。
「それはそれで不審者じゃね?」
でも想像してみてほしい。
フェンスの外から学校をじっと見つめる私服の男二人。
考えなくても怪しい。
しかも文化祭という合法的に校内に入ることができる日にだ。どう取り繕っても取り繕うことなんてできないだろう。
それに水道はこの道よりももう少し左に行ったところにある。
ここからじゃしっかりと観察することはできないのではないか。
「あ、全然見えない」
案の定秀輔は頬をフェンスにめり込ませるようにしながら左側を覗き込んでいる。
俺も立ったまま校内を覗き込んでいるが、フェンスの上から身を乗り出してようやくしっかりと水道が確認できるぐらいだ。
これだとしゃがんだままなら何も見えないだろう。
「何かあっても間に合わないだろうし、どう転んでも不審者は避けて通れないか……」
「悲しいことにな」
結局のところ、俺たちがこれからやろうとしていることはどう振る舞ったとしても不自然でしかないのだ。




