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スマホから顔を上げた秀輔が、こちらを見る。
「……ストレスって」
「律稀くんってば意外と繊細だったみたい」
笑って肩をすくめてみせる。重たい空気になるのが嫌でつい冗談が口をついてしまった。
「そういうの今いいから」
だが今の秀輔はそれに乗ってきてはくれないようだ。
何度も隣で友達が魘されてるところ見せられてたらそうもなるだろう。
「うっす……。で、夢を覚えてないってのが悪夢障害としては珍しいらしくって、確定じゃないから来週また病院行くことになったわ」
「来週までこのままってこと?」
返されたスマホを受け取りつつ、医者から言われた言葉をそのまま伝える。
「や、とりあえず途中で起きにくくなる眠剤?っての出してもらったから寝る前にそれ飲めって。たださ~……眠剤ってレム睡眠?を増やすらしいから逆に悪夢見やすくなるとも言われたんだよな」
「大丈夫なのそれ……」
この話を聞いた時の俺と全く同じ反応をした秀輔に思わず苦笑がこぼれた。本当にそうだよな。薬を飲んで症状が悪化するかもしれないって本末転倒じゃないか。
そんなんだから全然解決する気が湧かず、昨日のことは記憶の隅に放り投げていたのだ。
「飲む前よりしんどかったら飲むのやめていいとは言われた。とりあえず昨日飲んだんだけど、なんも変化なかったわ」
「そもそも悪夢見ているかもわからないのにその薬飲んでいいの?」
「どうだろ、なんかしらの夢見てる可能性自体は高いらしいけど……なんてったって起きた時なーんも覚えてないからな。わかんね!疲れしかない!あはは!」
「テンションどうした」
勢いよく笑い飛ばしてみるが、どこかむなしい。秀輔がかわいそうなものを見るような目でこちらを見ながら、呆れたような言葉を返してくる。しかし、その声には隠し切れない心配の色が混ざっていた。
漏れ出てるぞ、かわいい奴め。なんて、茶化してやろうと思った。しかし、自分でも思っていたより限界が近いらしい。浮かべていた笑顔が急に固まり、うまく笑顔がつくれなくなる。
一瞬、何とも言えない沈黙が流れた。
「……はーもうやだ」
「……情緒忙しすぎでしょ」
「んー……実は病院結構期待してたみたい」
無理にテンションを上げた反動か、急激に脱力感がやってきて思わず空を見上げる。きれいな青色が今は無性に憎らしい。
昨日の記憶を引きずり出してきたからか、原因不明と言われたときの沈んだ気持ちも一緒によみがえってくる。
俺は無意識のうちに病院に行けば原因がわかり、解決すると思い込んでいたのだろう。そうじゃないとわかった時に、誰が悪いというわけでもないのに憤りを感じたのだ。それがまたふつふつと湧き出してくる。
「……眠い」
その感情に押し出されるかのように、思わず声が漏れる。
「眠いな」
ぽん、と背中を軽く叩かれた。
その何気ないはずの仕草に、なぜか目の奥が熱くなる。こんなことで泣くようなキャラじゃないのに。寝たいのに眠れないというのは、想像以上にメンタルにくるようだ。
睡眠ってやっぱり大事なんだな。でもそれを身を持って実感するにしても、もっと違う形がよかったと思うのはわがままだろうか。
「疲れた」
「うん」
「しんどい」
こんなこと秀輔に言ったってどうにもならないことも、言われても困るだけだってこともわかってはいる。けれども、一度口をついてしまった弱音を止めることができず、次々と口からあふれ出ていく。
「……せめて対処法がわかればいいんだけど」
秀輔がぽつりと漏らしたその一言に小さく頷く。
このままじゃ本当に泣いてしまいそうだ。寝不足というのは人の性格までも変えてしまうのかもしれない。
気を紛らわせるためにも大きく頭を振り、無理やり話の軌道修正を試みる。
「一日だけでいいから寝たい」
「そうだよね」
「試験前の人とか変わってくれねえかな」
脳を通さず勝手に口からポロリとこぼれた自分の言葉を聞いた瞬間、ハッとする。
……それだ。
名案を思い付いてしまったかもしれない。
もし眠る予定がない人がいるなら、その人にこの症状を預かってもらえたらいいのだ。
試験前じゃなくっても、学生ならオールをするっていう人はそこらへんにごろごろ溢れているだろう。課題やレポート、飲みや遊び。それらに付随する徹夜という行為は、大学生にとってもはや必修科目だ。
今日寝る予定がない人のところに眠れない原因__推定悪夢を一日だけ引き取ってもらうのだ。それを毎日繰り返せば俺は毎日ちゃんと寝れるのではないだろうか。
絶対に実現できないような案が名案のように感じられて気分が浮上する。我ながら馬鹿な発想だ。できるわけないってわかっている。でも本当にそんなことができると言われたら、今ならいくら借金をしてでも払ってしまうのだろう。
「確かに。寝たくない人とかにはいいかもね」
「そういや秀輔レポート終わってないって言ってたよな。今日オールしたくね?」
「はは、俺?なに、どうせ寝れないなら一緒にオールでもする?」
そんな提案をしながら秀輔が笑う。
その提案はとても魅力的だった。実際にここで同意をしたら本当に今日一緒に起きていてくれるんだろう。
正直一瞬頷きかけたけれど、慌てて思いとどまる。明日も大学があるのだ。夜更かしがあまり得意ではない秀輔を巻き込むには一日早いだろう。隣にいるのは本当に行動に移してくれる男なのだ。返答は慎重にしないといけない。
「いや俺は寝る。レポートの邪魔しちゃいけないし……悪夢はお前にあげるからごゆっくり」
「お前さ……」
今日はまだ処方してもらった薬に一縷の望みを託して、秀輔を巻き込むのは勘弁してやるか。なんて、上からなことを考えながら、冗談として受け取ったという反応を笑顔で返す。その瞬間だった。
__脳髄が分離した。




