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件は夢を選べない  作者: 弘井 まどり


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 理解したことを示すために頷く。


 中庭への道を教えてくれた男子高校生たちは意外と親切だった。そんな彼らには「弟にスマホを届けに来た」と伝えてしまっている。

 届けるついでに雑談をしたとしても、そんなに時間はかからないだろう。何十分も戻ってこなければ俺たちが無事中庭についているか気にしてしまうかもしれない。

 そうならないためにもさっと見てきてさっと戻ってくるべきだ。


 フェンスの高さはちょうど肩ぐらい。簡単に上ることができそうだ。

 しかしそんなに高くないとはいえ、このフェンスを越えていく秀輔の姿が想像できない。

 なんせこいつはガードレールすら跨ごうとせず、律儀に隙間から出て行くようなやつである。


「秀輔がフェンスよじ登るとこ想像できないんだけど」


 その疑問を正直に口にすると秀輔は諦めをにじませた笑顔を浮かべる。


「……田舎ってさ、走るのも登るのも飛び込むのもできないと遊びの輪に入れないんだよ」

「あー……なんかそれは想像つくかも」


 一体過去に何があったというのだろうか。


 しかし、田舎と言えば確かに年が近い子全員で外を駆けずり回っているイメージがある。

 秀輔は地元のことをことあるごとに田舎と言うが、いったいどれぐらいのレベルの田舎なのか興味が湧いてきた。今度写真でも見せてもらおう。


「律稀こそいけるの?」


 田舎に思いをはせていると、そう問い返される。

 俺はその質問に、待ってましたと言わんばかりに胸を張った。


「中二病を正しく通った俺だぞ?かっこいいフェンスの越え方ぐらい練習済みだわ」

「誇らしげに言うことか?」


 十代という多感な時期に創作物に影響された立ち振る舞いをするというのは、多かれ少なかれ誰しもが通る道だろう。

 俺はそれがほんの少しだけ人より多かったのだ。


 かっこよく悪と戦うバトル漫画に影響されて、片手でフェンスを飛び越えられるようになったのは確か中学卒業を半年後に控えた夏ごろだったと思う。


 秀輔は通ってこなかった道なのか、よくわかっていないような表情で首をかしげた。

 高校の時だったらそんな態度をされたら己の過去を恥ずかしく思っていただろうが、高二病も乗り越えている今の俺には痛くもかゆくもない。


 むしろ昔取った杵柄として率先して見せつけていく心づもりだ。


「見てて」


 そう言うと俺はフェンスから丁度大股で三歩、後ろに下がり息を吸う。


 そこから軽い足取りで走り出し、フェンスの上の縁に片手をかける。少しの助走と腕の力を使い勢いよく体を持ち上げた。

 そのまま体の他の場所が触れないよう右手に全体重を預け、向こう側へと足を伸ばす。


 かつての俺が練習したとおりに軽やかな身のこなしだ。

 俺が猫目がちなことも相まってか、この練習を見られた同級生の女の子に「猫みたいだ」とからかわれた思い出がふとよみがえってくる。


 刈り上げていない部分の髪がパサリと音を立てて揺れた。


 片手だけを使ってフェンスを越えた俺は後ろを振り向くと、感心したような顔の秀輔に渾身のどや顔を向ける。


「どーよ」

「めっちゃ木にぶつかってたけど」


 ごり押しでなかったことにできないか一縷の望みに賭けたのだが、見逃してくれなかったらしい。


「くそ」


 思わず声が漏れる。


 俺がこれを練習してたのは周りに木や障害物がない場所だった。こんな木とフェンスの距離が近く、合間を縫って飛び越えなければいけないところで練習したことなんてなかったのだ。


 だから木に跳ね返されずにこちら側に来れただけで本来は百点満点なのだと、心の中だけで一生懸命言い訳を重ねた。


「足痛いでしょ」


 両手両足を使い丁寧にフェンスをよじ登り、木に当たることなく秀輔がこちら側に来る。


 どこも痛めていない秀輔を尻目に、結構な勢いで木の枝に衝突した俺の左足はじんじんと痛みを訴え出す。


「歩けない……」

「はいはい。勢い良かったもんねー」


 慰め待ちの俺の横を素通りし、秀輔がそのまま道を歩いていく。


 左右にはそれぞれ家が四軒ずつ。大体五十メートルぐらいまっすぐの道が見える。

 その先は丁字路になっており、おそらく右に進んだら学校の校門前の大通りに突き当たるのではないだろうか。


「秀輔のげんこつぐらい痛い」

「言いがかり。殴ったことないでしょ」

「そうだな。愛の目覚ましだもんな」


 ないがしろにしてくる秀輔の後を付きまとうように追って、俺も右へと曲がる。


「なにそれ」

「俺が講義中寝てたら毎回頭叩いて起こしてくれたじゃん」


 寝ていたからか痛みは特に感じなかったけれど、体に走る衝撃はこの一週間で馴染みのものとなってきていた。

 おそらくもうあの衝撃で起きることがないと思うと寂しさを感じるぐらいだ。嘘だけど。


「え?叩いてないけど」


 しかし秀輔の中ではあくまで起こしたという認識で、殴ったという認識ではないのだろう。

 キョトンとした顔をしている。


「いやいや、感謝してるからごまかさなくっていいんですよ」


 あれを叩いてないと称する秀輔は意外とバイオレンスな家で育ってきたのかもしれない。

 そんなに寝起きが悪いイメージもないが、もしかして田舎ではもっと激しいモーニングコールを行うのだろうか。

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