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「なんかめちゃくちゃ悪いことしてる気分……」
「秀輔くんいけないんだ~」
「お前もだろ」
自然さを装うためか、秀輔はずっと一点だけを見つめて頭の位置もぶらさず歩いている。
きょろきょろしたら目立つとでも思っているのだろうが、今の方が断然不自然だ。
そんな様子をからかいながら歩いていると、少し先にちょうどよさそうな集団が目に入った。
「あ、あの人たちとかよくね?」
「……お願いします」
「はは、はいよ。いってきまーす」
目星をつけたのは2-Cと書いてある白い布にペンキで足跡をつけている四人の男子高校生だ。
はしゃぎながら足をペンキに付け、走り回っている姿は見るからに文化祭準備真っ最中といった様子である。
「すみません、今ちょっといいっすか?」
そんな楽しそうな彼らに警戒されないよう、少し離れたところから声をかけていく。
はしゃいでいた声がぴたりと止まる。
こちらを振り返った四人は俺たちの存在を認識すると、訝し気に眉をしかめた。
「……え?」
「俺らっすか?」
どんな出し物をするのかはわからないが、彼らの足は赤や青、緑に黄色と随分とカラフルだ。
「うん。ちょっと教えてほしいんだけどさ、レンガの中庭?ってどういったらいいの?弟にパシられてスマホ届けにきたんだけど、弟のスマホここだからさ。うまく連絡取れなくって」
自分のスマホをひらひらと掲げながら、なるべく無害に見えるようにとびっきりの笑顔を浮かべる。
「やばー」
急に入ってきた外部の人ということでまだ完全に警戒は解けていないようだが、こちらが二人なのに対して向こうは四人だ。数で勝っていることが彼らの緊張を緩めてくれてはいるようで、俺の言葉にもけらけらと笑ってくれた。
「門の前って言われたのにぜーんぜんこねえの。だからこっちから行こうと思ったんだけど……俺ら入ったらやばいかな?」
視界の端で秀輔がうんうんと頷いている姿が見える。一生懸命こちらの設定に合わせてくれているらしい。
「えー……どうっすかね」
「いんじゃね?もう放課後だし」
「まじ?」
「運動部の奴らもOBよく来るって言ってたじゃん」
思ったよりもあっさりと話が進みそうで少し拍子抜けする。
この学校は縦のつながりが強いのかもしれない。大学生が校内を歩いていてもあまり気にされない可能性が出てきて、少し安心した。
連れて行ってと言わなかったこともでかいかもしれない。
先ほどまでは直接校内を案内してもらうことも考えていたが、会話をしすぎてボロが出る可能性もある。
だったら、確実にすぐすぐは教員に報告しに行くことができない人__たとえば、足がペンキまみれの人に道だけ教えてもらう方がいいという思い付きだったが、我ながらいい判断だったのではないだろうか。
「あー……」
「え、てか弟さんって何年っすか?」
そんな安堵の心を見透かしたかのように急に架空の弟について質問され、内心で少しだけ焦る。
「三年なんだけど……」
「三年かぁ……」
しかし抜かりはない。2-Cという文字を見た時から弟の年齢は決めていたのだ。
おかげで受け答えもアカデミー賞並みの自然体を装えた。
「たしかB?だっけ……よく覚えてないんだけど」
「誰か3B知り合いいる?」
三年にしたのは理由がある。
この男子高校生たちの髪色は不自然に真っ黒だった。黒染めかスプレーで黒くしているだろう。
ならばおそらく夏休みの間に髪を染めていた可能性が高い。
部活がある生徒であれば、夏休み中も髪を染めることは難しいはずだ。ならばそれができる彼らはおそらく部活に入っておらず、他学年とのかかわりも薄いかと思ったのだ。
探偵も板についてきたな、と俺は内心でほくそ笑む。
「俺ら陰キャだしいねーよ」
赤い足をした男子が少しバカにしたように首を振る。思わず乾いた笑いが出た。
嘘つけ。こんな軽いノリの陰キャなんていないわ。
思わず秀輔の方をちらりと見ると同じことを思っていたのか、なんとも言えない顔をしている。
「まぁ教えちゃってもいいんじゃね」
「だな」
その間に仲間内で話がまとまったようだが、こちらの設定を疑う様子も、教師を呼んでくる様子もなかった。
ひとまず第一関門は突破できたらしい。
「えーっと……あの手前の校舎と__」
彼らが指を指した方を見る。
やはり中庭というだけあって、校舎と校舎の間にあるとのことだ。
このまままっすぐ進めば右手に見えてると教えてもらったところで、これ以上会話を続けないために早々に別れを切り出す。
「助かるわ!マジでありがと」
「いえいえ」
「弟さんちゃんといるといいっすね」
軽いノリに反して思いのほか親切な言葉が返ってきて、少しだけ気が引ける。
だってそうだろう。これであの映像が全然未来のものじゃなかったら、俺はただ嘘をついて高校に侵入した不審者になるのだ。
「いなかったらもう持って帰るわ。邪魔してごめんね。準備頑張って」
しかし今はまだそれについて考える段階じゃない。わからないなりに行動すると決めたのだから、やりきらなくては。
瞬時に気持ちを切り替えると高校生男子たちに笑いながら手を振り、その場を後にした。
数歩進んだところで、隣にいた秀輔にだけ聞こえるように息を吐きだす。
「いけたわぁ……」
「まじすごいわ。ありがと」
「ゆうてこれからの方がやばいけどな」
「……そうなんだよね」
中庭までたどり着ければ、そこからは秀輔の見た映像の記憶をたどって水道にたどり着けるはずだ。
しかし、おそらく中庭には大勢の学生がいる。その人たち全員に不信感を抱かせずに堂々と闊歩するというのは果たしてできるものなのだろうか。




