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「結果、魘される原因についても特に絞ることはできなかった。でも医者から悪夢障害って言われたってことは、医学的に見たらその可能性が高いってことでしょ?それなら、って思ってそっちも調べてみたんだけど……律稀に見せてもらったもの以上の情報はなかった」
そこについてはまあそうだろう。秀輔も事前に何もわからなかったと言っていたし、いくらネットの力を使ったとはいえ専門家でもわからなかったことの答えを大学生が導き出せるほうが珍しい。
「ついでに夜驚症とか錯乱性覚醒とかも調べたけど……こっちも微妙に症状に当てはまらないんだよね」
「錯乱……?」
聞き慣れない単語だ。思わず首をひねる。
夜驚症は何となくわかる。夜に叫んだりする病気だった気がする。しかしもう一つの方は聞いたことすらない病名だった。
「両方とも悪夢障害と同じ睡眠時随伴症って言うカテゴリの症状」
「え?ずいはん?」
もっとわからない名前が出てきた。
頭にはてなを浮かべていると、秀輔はそんな俺にもわかるように一つずつ噛み砕いて説明をしてくれる。
「夜驚症は睡眠中に突然パニックを起こしたり叫び出してしまう症状で、小学生までには治ることがほとんどなんだって。夜泣きの一種とも言われてるらしいよ」
「夜泣きかー……」
夜泣きなんて赤ちゃんしかしない認識だった。成人男性だとしてもその可能性があるのか。
言葉だけ見ると少し恥ずかしい気もするが、原因がわかるというだけで不安というのはだいぶ軽減される。だからいっそこれであればいいとすら思ってしまう。
原因がわかれば、治療法もわかるはずだし、自分だけじゃないんだって安心ができるのだから。
「でも律稀はパニックとかにはなってないでしょ?」
「だな」
「だから違うかなって」
調べれば調べるほどわからなくなってきてさ、なんて困ったように笑う秀輔に申し訳なさを感じる。
当事者の俺以上に真面目に向き合ってくれているのだ。
「錯乱性覚醒っていうのは、覚醒途中か覚醒後に混乱が見られる症状で、恐怖感とかはないらしい。所謂寝ぼけてるっていう状態で、これも幼児に多い」
昨日の俺はたしかに混乱していたかもしれないが、それは頭から何か飛んでったり、秀輔がいきなり「映像が見える」なんて言い出したからだ。
他の人に話したら寝ぼけてたんじゃない?と言われかねないような状況だったのは否めないが、しゃべりながら、しかも炎天下の中歩いている状態だったのだ。少なくとも俺はいくら寝不足だったとはいえ、そんな状況で寝ぼけられるほど器用ではない。
「でもこの二つは夢を見ているわけではないのか、起きた時になにも覚えてないっぽいんだよね。恐怖心とかもないらしいし、そこは似てるなって」
「なんかその……カテゴリの全部の症状組み合わせたみたいな感じだな」
「そうなんだよね。だから睡眠時随伴症ではあるのかもしれない」
思いついたままに感想を口にすると、秀輔もそれに頷く。
しかしぴったりとあてはまるような症状は見つからない。どこか似ているけれど、どれも決定的に違うところがあるのだ。
「で、最後。脳内の映像を他人に共有することができるか、ってことだけど」
その一言で自然と背筋が伸びる。これが一番気になるところだ。
病気については人によって多少症状や原因が違っても、個人差があるもんな、で最悪納得……はできないかもしれないが、自分をごまかすことはできる。
しかし、映像の共有についてはごまかすことすらできない。できないに決まってるのだから。
けれど、俺たちはそれができることを知ってしまっている。身をもって共有できることを理解させられてしまっているのだ。
「現時点ではできない」
やっぱりそうだよな。俺は静かに頷く。予想通りの答えであった。
これができるって言われたのであれば俺たちは今すぐ行動しなければいけないと、迷わず動き出すことができる。
逆にできることを理解させられていなければ、不思議な体験をしたものだと笑い飛ばして、カラオケになんて来ないで授業に向かっていただろう。
できないはずなのに、できるってわかってしまったから。だからどうしていいのか、何が何だか分からないのだ。
一番信じられるはずの自分の感覚を信じることができないというのは、こんなにも不安になるのだと、初めて思い知らされた。
「図形とか、文字とか、特定の写真なら……人間の脳の活動情報を読み取って、見ていた画像に近いものをAIが再構築する研究はもうある」
思っていたより科学技術は進歩をしていたらしい。
脳内のイメージを機械が読み取れるなんて、そんなところまで来ていることに正直驚いた。
「でもそれ以上はまだ研究段階。画像じゃなくって映像の生成は現実的ではないし、そもそも人から人へ直接渡すことは現状不可能。脳の活動情報をAIが画像にして、それを他の人が見る、っていうのが今の最大限」
けれど進歩した技術でも現状は、俺たちが体験した事象に遠く及ばない。
調べれば調べるほど、秀輔の言っていた通り、何もわからないことがわかっていくだけだったのだろう。
「つまり、三時間調べ尽くして分かったのは、何が起きているのか、一切わからないということ」
そう締めくくると、秀輔は持ってきた飲み物に手を伸ばす。
その様子はどこか疲れがにじんでいるようにも、逆にすっきりしているかのようにも見えた。




