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入ったカラオケ店は運よく空いていたようで、すぐに受付を済ませることができた。
案内された部屋に向かう途中のドリンクバーで飲み物だけ確保すると、ほとんど言葉も交わさずにソファへと腰を下ろした。
「あ、四限さぼることだけあいつらに連絡しとくわ」
「よろしく」
部屋についたところで俺はスマホを取り出し、グループチャットを開く。その間に秀輔は冷房の設定を少し下げ、デフォルトで流れているBGMを消してくれていた。
静かになった部屋に、別の部屋で鳴っているのであろう音楽がすかに漏れ聞こえている。
炎天下の中の移動で噴き出してきた汗を拭い、冷たいドリンクを一口飲む。ようやく話すための空間が出来上がったような気がした。
しかしどう切り出していいのかがわからず、俺はなんとなく姿勢を正すと秀輔に一礼する。
「じゃあよろしくお願いします」
「はい、ではこちらをご覧ください」
つられるようにしてかしこまった顔をした秀輔が、体ごとこちらを向き直って同じように軽く頭を下げてきた。
そのわざとらしいほどまじめぶった態度に思わず吹き出してしまう。
「乗るのかよ」
「実質プレゼンだしね」
「そうなん?」
秀輔がスマホを取り出し何か操作をする。気が抜けた俺は息を吐きだし、背もたれに思いきり寄りかかりながらぼんやりとそれを見ていた。
「いや、適当」
「おーい」
「まあいいや。とりあえずこれ見て」
そう言いながら見せてきたスマホの画面には、ブラウザの検索履歴がずらりと並んでいた。何度スクロールしてもそれが途切れることはない。
「これ全部夜中に調べたってやつ?」
「そう。三時間ぐらいずっと調べてたかな……」
「えぐ」
思っていたよりも何倍もの時間を使って、かなり真剣に調べてくれていたようだ。
寝不足だったということもあるけれど俺が昨日したことと言えば、秀輔の話を聞いて眠ることだけだった。随分最初から俺と秀輔にはかなりの意識の差があったのかもしれない。
秀輔はきっと、昨日の時点でこの事象をきちんと考えなくちゃいけないものとして受け取っていたのだ。
「でも何もわかんなかった。本当にね」
ため息交じりのその言葉だけで、夜中の秀輔の苦労が伝わってくるようだった。
何一つ確実なことがわからないまま、非現実的な単語を並べてネットの海を泳ぎ続けていたのだろう。
秀輔はスマホを置くと、こちらに向けて四本の指を立てる。
「調べたことは大体四つ」
人差し指を折る。
「同じ夢を連日見続けることはあるか」
続いて中指。
「魘される原因について」
薬指。
「悪夢障害について」
そして最後に小指。
「夢や記憶……脳内の映像を他人に共有することができるか」
それは、どれも昨日の俺が「わかんない」でそこらへんに放り投げた疑問だった。
「まず一つ目ね。同じ夢を何日も見続ける、これはある。その時は楽しい夢とかじゃなくって、悪夢を見ることが多いんだって」
説明を聞きながら小さく頷く。
これは魘されていることが秀輔にばれたあたりに二人で調べたことだったため、俺にも覚えがあった。
「それは一度じゃ処理できないほどの強いストレスや持続的な負荷がかかっている出来事を、脳が整理するため何度も脳内処理を繰り返すから、らしい。そして、そういう時は起きてすぐなら夢の内容を覚えていることが多い」
悪夢を見ているときは強い感情や恐怖によって脳が刺激されている状態で、そんな強い刺激は脳の記憶を司る分野を活動的にさせるため、悪夢ほど記憶に残りやすいのだとか。
しかし俺にはなかった症状だ。
「律稀の症状には当てはまらなかったし、そもそも覚えてないから魘されている原因が夢だとも断定できない。だから次は魘される原因について調べてみたんだ」
一週間連続で悪夢を見続けたとして、起きる直前まで見ていたものを一回も記憶に残さずに目を覚ますということはあまり考えられないらしい。
病院に行った時もこれが引っ掛かって、悪夢障害と断定されなかった。
「強いストレスや不安、悪夢、睡眠の質の低下が挙げられてた」
秀輔は記憶をたどるかのように、自分の手を見ながら指折り数えていく。
「強いストレスや不安が原因なんだったらさすがの律稀でも少しは自覚あるはずでしょ?でも全く心当たりがないって言うじゃん。だからこれは除外」
少し引っかかりを感じるワードチョイスだったが、真剣な空気だし、突っ込む暇なく秀輔が言葉を続けるので、黙って頷いておく。意外と空気読みには長けているんですよ。
「悪夢かは考察することができないから保留にして……睡眠の質の低下の場合はある日突然と言うよりは、徐々に眠れなくなることが多いらしい。まあ本人的にはある日突然そうなったって主張する人もいるらしいけど。緩やかな変化は気づけないからね」
調べ直すこともなく淡々と秀輔は説明をする。誰かに説明をできるようになるまで、自分の知識として落とし込むまで調べて、考えていたのだということが嫌でも伝わってくる。
「でもこの場合現れる症状としては中途覚醒がほとんどだって。特異なケースを引いた可能性はゼロではないけど、しっくりこないからこれも保留」
一つずつ可能性を潰そうとしても、それすらもできない。残るのは「わからない」ばかりだ。
「なにもわからなかった」という秀輔の言葉が自然と思い出される。




