-
***
席に案内されてからの時間はあっという間だった。
「うま~……幸せって多分……こういうことを言うんだろうな……」
現在の俺は右手に箸、左手に米が盛られた茶碗を手にして、肉と一緒に幸せを噛みしめながら天を仰いでいる。
なんだか視界がぼやけてきた気もするが、不思議な形の鍋で同時進行している焼肉の煙としゃぶしゃぶの湯気のせいだろう。瞬きをしながら水分を散らせる。
「朝から調整したかいがあった?」
「超あった。ハラミ追加してい?」
「あ、タンもお願い」
卓上に肉がなくなりかけていることに気付いて、注文用のタブレットを手に取る。入店してから三十分ほど経ったが、まだ腹二分目といったところだ。
しかし注文ができるのは退店時間の三十分前まで。つまりあと三十分しかない。
急いでハラミとタン以外にも、目についたメニューを片っ端から注文していく。
なんてったって今日はこのために朝から胃袋を調整してきている。ネットでランチビュッフェ前にふさわしい朝食を調べて、わざわざ散歩帰りにヨーグルトとゆで卵を買うまでしたのだ。悔いが残るようなことがあってはならない。
「おっけー。あとそれ以外にも適当に頼んどいた」
デザートまで一通り注文し、一旦満足したところでタブレットを置き食事に戻る。
邪道と言う人もいるかもしれないが、俺は食べ放題なら甘味も最低二回は食べたいタイプである。一度甘いものを挟むことによって、食事がさらにおいしく感じられるのだ。
一応秀輔の分のバニラアイスも注文しておいた。いらないと言われたとしても、俺が二つとも食べるから問題ない。
ちなみにテーブルの許容量は考えていない。すべてが出揃う前に食べ進めていけばいいのだから。
「そういえばさ」
「……うん」
半分に割った竹の中に詰められている鳥つくねを分割せずに、ひとまとめのまま秀輔が鍋に滑り込ませた。
それは中まで火が通りきるのにどれぐらいの時間がかかるのだろうか。
「夜中色々調べたんだけどさ」
「なにを?」
「俺が見た映像のこととか」
後で何個かに分けておくか、なんて考えながら鍋を見つめていると、つい昨日まで俺のことを散々苛め抜いていた事象が話題に上がった。
そういえば、秀輔は昨日早く寝すぎて夜中に目が覚めたと言っていたことを思い出す。その時に調べてくれていたのだろう。
「なんかわかった?」
「なんにも。そもそも夢や記憶が人に〝移る〟っていうのはまだ科学的には認められてないみたい」
「できたらニュースになってるよな」
しかし、現実でそんな話を聞いたことはない。
俺が知る限り夢や記憶が人から人へ移るなんて現象は、物語の中だけのものだ。
「でも、あの映像は元は律稀の中にあったものだと俺は思う」
「俺もそう思う」
けれどもその現象は確かに存在しているはずだ。
世間一般的には荒唐無稽なことを言っていることはわかっていながらもなお、俺は秀輔の言葉に大きく頷く。
「絶対あの時俺からなんか出てったし」
それを言葉で説明することや、どうにか証明するしたり再現することは今の俺たちにはできない。でも、あの時味わったあの感覚がそう言うのだ。
俺の中のなにかが、秀輔に移っていった、と。
「で、それが俺に移ったら律稀は魘されずに寝れるようになった」
そしてそれを今秀輔が言葉にして確認したということは、これ以降の話はこの現象があることを前提で進めたいということなのだろう。
「まじで助かった。ありがとな」
完全に偶然だったとはいえ、それには本当に命を救われた。あのままだったら近いうちに本当にどうにかなってしまっていたと思う。
一人称視点で人の死を見せてしまったということに罪悪感はあるが、秀輔が冗談交じりで「律稀が死ぬの見るよりだいぶマシ」と言ってくれたので、やむを得なかったんだと、焼肉の奢りをもって自分を納得させることにした。
「まあまだ一日だけだからこれに関してはもうちょっと様子見した方がいいかもだけど……ってことは、魘されていた原因はこの映像だって考えるのが妥当だよね?」
「だろうな。んで、『悪夢あげる』って言葉で移動したってんなら、その映像は俺が見てた悪夢だったんだろ」
秀輔が頷く。
俺自身が悪夢の内容をまったく覚えていないためすべて推測になってしまうのだが、現状そうとしか言いようがない。
とはいっても映像の内容が俺自身は全く身に覚えのないものである上に、女の子視点であったということが少し引っかかってはいる。
大体夢というものは記憶の整理で見ることが多いと聞いたことがあった。それならば、少なからず俺がどこかしらで体験や見聞きをしたものが反映されていた上で、さらに俺視点になるのが定石ではないのか。
高校生活や、文化祭というのはもちろん俺も経験しているが、出し物として焼きそばをしたことはないし、秀輔が話していた学校のつくりも記憶に全くないのだ。
「でも俺に移ったらそれは夢じゃなくって映像になった」
「謎だよな……」
不可解なのはそれだけではない。




