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AGAPE  作者: 銀の鍵
第一章『怠惰』
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第五話『この世でいちばん怠けたヤツ』-2

「みんな走って!」


 伝えるとすぐ、誰も戸惑いなく一斉に走り出す。みんな、わたしの言葉を信じて進む。

 そして、()()が現れたのもわたしが叫んですぐであった。


「なに、あれ……!?」


 一本、続く道を横切って呑み込む巨大な蛇のような肉の塊が目に映る。怪物はわたしたちが直前まで歩いていた場所を食らうと、すぐに前を走るこちらに口を向け、迫る。

 わたしはこれから発する言葉が導く結果も分からないまま、それでも衝動のまま叫ぶ。


「誰かッ——水を出せる悪魔は居る!? 居たら、いますぐ水の塊を造って怪物とわたしたちの前に置いて!」

「さぁみんな! ()()()()羅針盤はただ道を示すだけではない、危険からも守ってくれる! 恐れることはない、ただ私たちに従い進めば平和に、そして死ぬことなく明日を迎えられる!」


 わたしとフルフルに促されるままに、数名の悪魔が羽を広げ、怪物から逃れる為進みながらも背後に向かい水の塊を放つ。

 それを見て、今度は「あの水をッ──」指さして、わたしはフルフルに叫ぶ。


「一気に、最高にまで熱くして!」


 その言葉を受けて、フルフルが手をかざした、その時であった。


「ッ──!?」


 フルフルの身体越しでも身を焦がすような熱さと、圧倒的な風が噴き出し、わたしたちを穴の先へと一気に押し出した。呑まれ、喉の中を落ちていくような感覚の中、フルフルの身体を必死に掴む。


 そして──やっと、止まる。顔を上げると、そこには転がる悪魔の姿。けれどもやはり悪魔……みんな勢いに飛ばされただけで、特にけが人の姿は見られない。

 それでも……フルフルに「確認をしよう」と、そう伝える。

 フルフルは笑みを浮かべて頷き、立ち上がり、そして「(いち)」と、自ら定めた数字を言う。

 わたしも続く。バルバトスもイシュマエルも、少し前に声を上げた順番に、ひとりひとり声を上げる。今度こそは、不服な感は無く、真剣な顔をしてメフィストが最後の数字を声にする。


 そして響くのは歓声だった。


 手を握りしめ合う者、肩を組んで写真を撮る者──またわたしに、手を振ってくれる者。

 フルフルは小声で囁く。


「この温かさを、必ず、苦しむ人間たちにも届けよう」


 涙脆いわたしの目元を震わせるには十分な言葉だった。

 しかし、泣き虫なわたしは涙をこぼす前にひとつ気が付く。


「扉──?」


 わたしたちがぶち当たった壁は、よく見ると真ん中に線を走らせていた。

 そこに手を当てると、ゆっくり……独りでにその扉は開いていく。そしてわたしは理解した。


「この先に、翼がある」


 巻き起こる声の波。みんな、わたしも含めてその先の道を行こうとする。けれどもフルフルが「待て」と、止める。

 フルフルはわたしの肩に手を置いて、悪魔たちの方を向いて言う。


「ここから先はわたしとアズマだけで行かせてほしい」


 そんか言葉に対して、まず返ってきたのは、イシュマエルの訝しむような声だった。


「それは、何のための提案だ? ──あの怪物のこともある、お前だけにアズマを任せる気にはならない。そして何より……任せる意味がまるでない」


 イシュマエルの言葉に続こうとするメフィストに、フルフルは手のひらを向けて語り出す。


「アズマの力はとても確かなものだよ。だけどね──」


 と、メフィストに向ける手の形を変えて、その人差し指を伸ばす。


「メフィスト、お前が用意した別動隊──それについては察知できなかった。だから、全てを掌握するまでには至らないはずなんだ」


 慌てた様子でわたしに「あぁ、期待外れと言う訳じゃないんだ。何から何まで操るなんて、そんなの不可能だからね」と、言い訳するように言ってから。


「つまりわたしの言いたいことは、不安因子を減らす──アズマの負担を、減らすべきということなんだよ」


 バルバトスは一度頷いてから。


「納得はする。だが、それなら俺やイシュマエルが同行することは問題ない」


 メフィストが「わたしもですね」そう言うが、バルバトスもフルフルも、それは無視して会話を続ける。


「残した側を見ておくために、俺とイシュマエルのどちらかは残しておくのは良いが、それでも──イシュマエルは連れていくべきだ。俺よりも、お前よりも強い。ここにいる誰よりもアズマの身を守れる」


 言われながらイシュマエルはフルフルの前に立つ。

 フルフルは息をしばらく吐きながら天井を仰ぎ、それから、一度観念したように目を閉じてから言う。


「格好、つけたいんだよ」


 は? ──いくつかの声が上がった。

 同時に、納得したように小さく笑う者も居る。嘲りじゃない、親しみの笑いであった。


「プランも、怠惰の翼の確保も、提案したのは私だ」


 勿論、提案のその先ではわたし以外の力が大きいが──言いながらフルフルは、再び言う。


「だから……つまり、代表者として格好つけたいんだ」


 真っ直ぐと、目の前にいる者たちに向けてフルフルはてらいもなく、しかし声の震えもなく頼む。吹き出す笑いが聞こえた後、その笑い声の主が「全然格好ついてねぇじゃねえか!」とヤジを飛ばす。続く声々はどれも少し馬鹿にするようなものであるが、その声に悪意は感じられない。

 あの小柄な蜘蛛の悪魔が前に出てきて、フルフルを見上げる。


「絶対、怠惰の翼を手に入れてきてくださいね。あたしはこれまで……悪いことは賢いことだって、そうしなきゃ負けていくだけだって、思ってた」


 だけど──わたしの方に一度視線を向けてから。


「今日の冒険を通して理解したんです。助け合うことこそが賢いことであるって!」


 フルフルは声を上げてくれた蜘蛛の悪魔の目の高さまで、腰を深く折って目線を合わせる。


「あぁ、その君の気づきこそ真理であると、きっと──証明して見せよう」


 もう、何度目になるだろう。フルフルの言葉に歓声が上がる。

 だが、そんな声に反するようにイシュマエルが言う。


「わたしには納得できない。何故お前の個人的なこだわりのためにアズマを危険に晒さなければならない?」


 その言葉は至極真っ当で、そしてわたしのための言葉であることは間違いなかった。

 わたしはフルフルの手を握る。


「大丈夫だよ、フルフルは——ほら、イシュマエルにとっては弱いかもだけど、でも凄く強いから!」


 だよね? ──フルフルの顔を見上げると、彼は苦笑いして「それは褒めているつもりかい?」そう返してから。わたしに握られたのとは反対の手をイシュマエルに差し出す。

 イシュマエルはその手を取らず、代わりに一歩前に出る。


「──傷ひとつ、負わせるな」


 当然さ──そう答えてフルフルはわたしの手を引き、開かれた扉の先の一本道へと進む。


 一度、振り返る。

 手を振り見送るバルバトスと、悪魔たち。イシュマエルだけは顔を背けていた。

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