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AGAPE  作者: 銀の鍵
第一章『怠惰』
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第四話『この世でいちばん欲深いヤツ』-1

 かつてはどれほどの人数がこの卓につき、そして言葉を交わしていたのだろうか——私たち四人だけが使うには不釣り合いな大きさの四角い卓上には署名書が積み重なり、巨人ためのケーキのようになっていた。


「さて。署名の数はもう十分だ。みんな、この一週間よく頑張ってくれたね」


 バルバトスがその言葉に対し、応えるように頷く。それと共に、彼に座られる、彼の体躯たいくに比べて小さすぎるその椅子も、軋む音で返事をした。

 わたしもバルバトスに続くように親指を立てる。が、イシュマエルは両腕を組み、そして最早フルフルの方さえ向いていない。せめてと思い、その頭のカボチャの正面をフルフルの方へ、両手で掴んで向けさせる。

 フルフルは楽しそうに笑ってから、にやけた形を残しつつも真剣な表情を作る。


「この署名を示し、明日にでもマモン共に会議を開かせるつもりだけど、問題ないね?」


 マモン……そして三魔衆に、配下たち。

 この地獄を支配する、悪魔たち。──善とは、きっと程遠い。

 フルフルの確認に対して、手を挙げる。


「わたしはフルフルの考えたプラン、凄い好きだけど……でも、マモンたちが取り合ってくれるの? 人間の……天国育ちのわたしにとって最高ってことは、それは……その、そういうことかなって……」


 フルフルは余裕を崩さずに答える。


「それについては——言葉の使い方次第だね。なんとでもなるとは思っているが、まぁ、油断はして欲しくないからね。詳しくは説明しないでおこうかな」


 わたしの手が下がるのと入れ替えに、イシュマエルの手が挙がる。


「その言い方じゃ、アズマもその場に連れていくつもりか?」

「当然だ。そして君にも来てもらう」


 重要人物だからね──言いながら両の人差し指で、わたしとイシュマエルをそれぞれ指さすフルフル。

 イシュマエルはしばし考え込んで、そして今度は視線をしっかり──正面がフルフルを向くようにカボチャを抑えながら──フルフルに向ける。


「ひとつ……いやふたつか。ともあれ、要求がある──署名がこれほどに集まったのはわたしのおかげもあるはずだ、だから、これだけは聞いてもらう」


 フルフルは何も言わず、イシュマエルの言葉を待つ。


「バルバトスとアズマは、交渉の場に出させるな」


 フルフルが何かを言おうとする。が、それよりも先にバルバトスが「何故だ」と、問う。

 バルバトスにとっても自分事なのだから当然だった。イシュマエルはわたしとバルバトスにその目の光を向けた。


「アズマとお前にはしてもらいたいことがある。そしてフルフル、交渉の場において基本的な進行はお前が取って良い……だが一度だけは、私に語らせろ」


 フルフルはその緑交じりの青い髪の先を少し弄んでから。


「……長老様のご意見には逆らえませんね。まぁあなたがいてこそですから、えぇ、語っていただきましょうか」


 一度と言わず、何度でも——はっきりと、不服の色を隠さずに彼は答えた。


 ————


 眩しいほどにライトの溢れる地上に比べ、すこしばかり暗闇の気配の強いビルの屋上。そんなビルの上を跳び、夜空に溶け込み舞う黒い影はバルバトス。そしてその腕に抱えられながら赤い尾のような髪を揺らすのはわたし、アズマであった。


「バルバトス、ここからしばらくはこのまま真っ直ぐね」


 バルバトスの(いかり)のような(つば)の先が向く方をそのまま指さし、わたしは確信をもってそう言った。



 ————



 フルフルとイシュマエルは、マモンの城の前に並び立つ。


 城……そう、城である。いくつものビルが側坊塔(そくぼうとう)のようにそびえ立ち、中央には一際大きな、趣味の悪い黄金色の……これは比喩ではなく、ほんとうに城の形をした建造物がある。


「何度見ても品のない城だね、これは」

「ほんとうに……醜い」


 珍しく意見を合わせたふたりは、怖気る様子もなく城の中へと踏み入る。

 外観に対して、内部は意外にも質素であり、金を見せびらかすようなところは見受けられなかった。といってもそれは金がかけられていないというより、機能を優先した結果のものである。

 大理石の床は今この瞬間にも研磨されているのかと思うほどであり、上を見上げればエスカレーターが大量に重なり合い……まるで蜘蛛の巣のようだった。その上を進む者たちは果たして蜘蛛か、それとも絡めとられた蝶なのか。それは最早当人にさえ分からない。


 知っているのはきっと、マモンだけである。


 受付はどこなのか──目線だけを動かして探すふたりのもとに現れたのは生真面目そうな悪魔であった。ぱっつりと斜めに、一直線に散髪された前髪。一か所だけ、飛び出すように長く下ろされるサイドがまとまりになって風に揺らされている。白いスーツを、背から黒い翼が覆い、白黒はっきりしたメリハリのある姿になっている。それこそ、彼の性格をそのまま表しているように。

 悪魔はモノクルのレンズを一瞬光らせ、名乗ろうとする。


「わたしは──」

「メフィストだろう」「メフィストだよね」


 イシュマエルとフルフルは割り込む……というよりはメフィストの言葉を塗りつぶすように言った。

 メフィストは深く、不快そうに息を吐く。そして背を向け、「ついてこい」とだけ言って、一歩一歩は小さく、けれど速く歩き出す。

 すれ違う悪魔たちはみな、三人を見つめる。中には間近で見るためにエスカレーターから、わざわざ羽を開いて降りてくる者もいた。

 フルフルはうれしそうにイシュマエルに言う。


「みんな、わたしたちに注目しているようだね。まぁ、当然と言えば当然だけれど」

「わたしに話しかけるくらいなら演説でもしながら歩いたらどうだ」


 言われてすぐ、フルフルは自身のスーツの、タコ足のような二又の裾に歩行のすべてを委ね、自分は集まる悪魔たちに向けてプランを語る。

 メフィストは苛立ちをそのままに「黙って利益だけ出せばいいのになんなんだこいつら」……などと呟いていた。

 しばらく進み……フルフルは最中に永遠と語り──群がる悪魔の姿が丁度見えなくなったころ、三人はある扉のまえに辿り着く。


「随分長い道のりだったね」


 言葉とは裏腹に、愉快そうな声で言うフルフル。


「おそらく所有物の検査を兼ねていたのだろう、あの道は。ほんとうに薄っすらとだったが、妙な光が視界に幾度か映っていた」


 そんなイシュマエルの言葉に対し、メフィストはまた大きく息を吐く。生真面目なうえに、神経質なのかもしれなかった。


「……それでは、開けます」


 メフィストは赤い鍵を取り出し、扉に当てる。光になった鍵が扉の隙に入り込み、ゆっくりと開く。


「急いで入るように。侵入者対策で、勢いよく閉じるので」


 三人とも扉の先に踏み入った後、フルフルは背後からの風を浴びて一言。


「ゴエティアの書庫の扉のようだね。ハハー……バエルのやつ、模倣したな」


 軽い、同じゴエティアとしての何気ない言葉であった──けれど。


「マモンっ──様! そう呼びやがれこの没落して最早価値のないゴエティアの名に縋りつき果てはマモン様にお恵みを貰おうとする恥知らずのみすぼらしいFur brain(脳代わりに毛を)ed Fool(詰めた愚か者が)が!」

「おぉ、怖い怖い」


 メフィストはふたつの大きな牙をむき出しにして叫ぶ。フルフルは心底楽しそうに、あえて牙が見えるように笑みを浮かべて見せて、拍手をする。


 唸るメフィストと煽るフルフル。

 そんなふたりを置いて、イシュマエルは先を行く。

 道は暗く、光源は行く先に灯る青白いひかりであった。


「……あれが、そうか」


 というのは、多くを知るイシュマエルでもその正体を知らない技術である。


 ——マモンの会議場。


 それがどこにあるのか、何者も知らない。きっと、マモンだけが知っている。

 そこに辿り着く手段はこの通路の先にあるひかりに踏み入ることであるが、それがどこの、どのような位置につながっているのかが分からないのだ。過去に、地獄中を探したこともあった。けれどそれらしいものは見つからなかった。


 だからこそ──


「──使える」


 イシュマエルはそう言って、ようやく辿り着いた青い光の中へと踏み入った。

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