捨てられた王女
フクロウの声が響く深い夜の森。
最小限の灯りを頼りに、二人の騎士が山道を進んでいる。
エレナ・フォン・リューベックは腕の中で眠る小さな王女を見つめ、小さく唇を噛んだ。
「……他に……方法はないのでしょうか…… 」
絞り出した声は震えていた。
この場所に来るまで彼女は何度もその言葉を飲み込んでいたが、
頭の中で反芻していた想いをどうしても言わずにはいられなかった。
「すまない……これで精一杯なんだ」
そんな心中を察したヴァルター・クロヴィス・アイゼンは沈んだ声で返した。
王女はまだ生まれて数日しか経っていない。
本来なら乳母にお世話をされ、甘やかされている頃だというのに
吐息が白く凍る冬の外に連れ出されなければならない。
残酷な王命が下されたせいだった。
ヴォルディア王国の王は代々強さを全てとしており、その強さを引き継ぐ男児しか生まれない家系であることが自慢だった。
しかし、現国王の即位後待望の一子が『女』ということは国の恥と言い、名前も無いまま捨てようとしている。
あまりの非常さにエレナの心は張り裂けそうだった。
頬を伝った涙が、月明かりを受けて小さく光り、それが地面へ落ちるたびヴァルターの足取りは増して重くなっていく。
エレナは乳母のように毎日お世話を楽しんできた。
乳母のように、というのは王女にはお世話を担当する者がつけられておらず、放置されていたところをエレナがこっそり宿舎に連れて帰ってきていたからだ。
おしめを替え、泣けばあやし、眠るまで背を撫でる。
子供好きのエレナにとって、情が移るのに一日も必要ない。
数日も共に過ごせば、もう手遅れだった。
すでに大切な存在となった王女を、エレナは自分の手で捨てなければならない。
確かにこの腕に命の重みを温もり、尊さを感じているのに。
「我々だけで王女様に名前を…」
「静かに!誰かに聞かれたらどうする」
「申し訳ございません…… 」
エレナの声が冷静さを欠いていたせいでヴァルターは
木々の後ろまで気配がないか入念に見つめる必要が出てしまった。
「あの…!せめて、せめてお包みだけでも取り替えませんか」
ヴァルターの腕には、薄暗い外でシルクとわかる贅沢な光沢を纏う
布が用意されている。
しかし王女は宿舎にあった使い古しのシーツを纏っていた。
多くの貴族出身者が集っている為庶民の物とは質が違うが、公爵家の令嬢からすれば尊い身分の方が身に着ける素材ではないとわかる。
「エレナ。これはただの高級品ではない。王になるお方だから身に着けられる希少なものであって…」
「そこをなんとかお願いします…!このような仕打ち、あんまりではありませんか! 」
「この布を纏って連れて来なければ厳罰に処されるのは我々だけでは済まんぞ」
エレナはしばらく黙り込んだ。
そう。今王女はどこぞの男児とすり替える為に連れて来られた。
王妃が子を授かったことは国中はおろか他国にまで知られている。
今更取り消すことなどできやしない。
見知らぬ男児を王子と持ち上げ帰って来なければ責任を取らされるのは自分たちだけでは済まないことは明らかだった。
数秒間の沈黙の後、心を決めたように口を開いた。
「でしたら……」
エレナは自らの髪をまとめている小さな宝石がついた髪留めを手に取った。括っていた黒髪がファサっと胸の下まで落ちる。
「母上の形見であろう。良いのか?」
「はい。いつかこの髪飾りが、王女様との再会に役立つ、そんな気がいたします」
それは優しい微笑みだった。
「何度見ても美しい宝石だな。王女の瞳の色に似ている。…この宝石はなんという名だ?」
「似ていますよね。希少で珍しいものなんです。『不屈』という意味を持つ、お守りの宝石です。名前は……アトランテと言います」
そこから17年の時が流れる。
アトランテは弓を引いた。
森の奥で暴れる獣を素早く射抜いた。
その腕には誰もが驚くだろう。
それから彼女の持つ空気に圧倒されるだろう。
アトランテはまるで神のように異質だった。
プロローグから日を開けてしまい申し訳ありません…!
マイペースに書いていきますが、よろしければ今後もお付き合いください。




