二ぺとアトランテ
アトランテは変わった子に育った。
神々しい容姿からは想像もつかないほど活発で、幼い頃からニぺを振り回してばかりいる。
ある時は
「父さん。剣を習いたい」
と、どこから拾ってきたのか錆びだらけの剣を抱えて帰ってきた。
またある時は
「父さん。本の中に書いてあった海はどこにある?」
「本当にしょっぱいのか?」
そう言って鍋を抱えて出かけようとした。
かと思えば
「祭りというものがあるらしい。ちょっと行ってくる」
などと言ってなぜか切り倒した木を必死に引っ張り、ニぺは頭を抱えた。
年頃ということもあり、外の世界への興味は日に日に増していった。しかしニぺは「大人になったらな」と全て流してきた。
ちゃんと理由はある。
王女であることはアトランテ自身が知らないからだ。
本人はおろか周りの人間にも知られてはならない。
ニぺの姉で女医のニコール以外の人間には決して素顔を見られないよう、細心の注意を払ってきた。
王女ということを差し引いても、アトランテは人目を引いてしまう。
興味を持たれ秘密を知られてしまったらどんな危険が娘を襲うかわからない。
ニぺは考えただけで身震いがした。
過保護なのは自覚がある。
お陰で少々世間知らずには育ってしまったが、身の安全を第一に考え、ニぺは頑なにアトランテに下山を許してこなかったのだ。
それでもアトランテは外への興味を諦めない。
本を読んでは剣の構えを真似し、見たこともない海を頭の中で想像してスケッチブックに描いた。
木に星を括り付けるお祭りを再現しようと、黄色味がかった岩を砕き、何往復もして持ち帰ってきていた。
山しか知らない少女にとって、本の世界は唯一、外の世界へ繋がる窓だった。
興味の先に行けないことが可哀想だが、今はまだ時ではない。
そんな日々と葛藤を重ね、ついにアトランテが十七歳の誕生日を迎えた。
「父さん。私はもう十七歳になった。成人だ」
もう自分は大人になった。
山を下りてもいいはずだ。
そんな想いが、その言葉に込められていた。
いつもに増して瞳が大きく見え、ニぺは困ったように頭を掻く。
しばらく考え込んだ末、真面目な顔で口を開いた。
「よく聞くんだ、アトランテ」
「うん」
「最近、三十歳が成人になった」
どう考えても苦し紛れの嘘だった。
しかしアトランテはニぺとニコールおばさんとしか会話をしてこなかったからか、大胆な嘘をあっさり信じ、ショックを受けた様子で固まっていた。
「そうなのか……」
「じゃあ父さんは、とっくに大人なんだね」
「もちろんだ」
「私は、いつ大人になる?」
ニぺは少し考えると、アトランテを鏡の前へ呼んだ。
鏡には二人の姿が映る。
陽を浴びてうっすらと小麦色に染まったアトランテと、隣に立つ細身のニぺ。
名狩人と呼ばれる男だが、その身体は驚くほど薄く、気配も存在感も希薄だった。
森へ立てば木々に溶け込み、目を離した途端に見失ってしまいそうな男である。
そんな父を見慣れているアトランテは、細く下がった優しい目尻が昔から好きだった。
ニぺはそれを知ってか知らずか、その目尻の下を指差した。
「いいか?ここに小さな皺ができて、初めて一人前の大人なんだ」
「三十歳で成人じゃないの?」
「ああ。成人は三十だ。でも、成人になるのと一人前になるのは別なんだぞ」
「……それはいつできる?」
「成人してから二十年くらいかな」
「長い……長すぎる」
アトランテは不貞腐れたように腕を組む。
そんな娘を見て、ニぺは申し訳なさそうに笑った。
「父さん。髪お願い」
鏡越しにアトランテはニぺにお願いした。
「あぁ。そろそろ出かけないとな」
ニぺはアトランテの灰色の髪をまとめる。
アトランテはこの時間が大好きなのだ。
サラサラにすればするほどニぺが結びにくそうにしているのが
面白くて、アトランテは髪をまっすぐ丁寧に伸ばした。
狩りに行く時は決まって無造作に束ねられた髪型をする。
動きやすさを優先しただけの形でありながら、まとめた髪型が不思議とよく似合う。
おしゃれとは無縁の生活を送るアトランテには褐色の防具に使い込まれた革の装備が勝負服だ。
化粧もしないし、飾り気のない身なりだが、ひとつ、自分の瞳に似た色の宝石がついた髪飾りだけは欠かさずつけたいらしい。
いつも大切そうに眺めてから自分で髪につける。
「守られている気がするんだ。母さんに…… 」
「あぁ。そうだな…… 」
ニぺは静かに微笑んだ。
短くてすみません…!




