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『鍋ひとつで、王国を救ってしまった件』(連載版)  作者: くろめがね


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第七話 「正しさは、いつも後から邪魔をする」

7話も美味しく召し上がってください。

 施療院の朝は、静かだった。


 昨日まであった呻き声が、完全に消えたわけじゃない。

 けれど、音の質が違う。


 短い。

 途切れる。

 そして、戻ってくる。


 生きている音だ。


 私は、施療院の裏庭で鍋を洗っていた。

 石の縁に当たる金属音が、やけに澄んで聞こえる。


「……本当に、続けるつもりかい」


 背後から声がした。


 振り向くと、昨日の医師が立っている。

 目の下の影は消えていないが、背中が少し起きていた。


「はい」


 私は即答した。


「止める理由がないので」


 医師は、苦笑いに近い表情を浮かべる。


「理由は、いくらでも出てくる」


「それは、

 “やらない理由”ですよね」


 医師は、一瞬言葉に詰まった。


「……王都では、

 正しさは順番を守るものだ」


「順番?」


「制度、予算、許可。

 それを飛ばす正しさは、

 敵を作る」


 私は鍋の水を捨て、

 新しい水を張った。


「敵は、もういます」


「……誰だと思う」


「“正しい人”です」


 医師は、息を呑んだ。


 そこへ、細身の男が現れた。

 今日も顔が反則だが、表情が硬い。


「来ています」


 短い一言。


「誰が?」


「“会議”です」


 大きな女性が、どこからか現れた。

 桶を肩に担ぎ、鼻で笑う。


「来たか。

 腹いっぱいの顔で来る連中だね」


 私は、火を入れた。


 ゆーっくり、ゆっくり。


 水が温まり、

 匂いが立つ。


 その間に、院内がざわつき始めた。

 足音が増え、

 布擦れの音が混じる。


 やがて、扉が開いた。


 入ってきたのは、三人。

 いずれも身なりがいい。


 布は上等。

 香りは強い。

 けれど、腹の匂いが薄い。


「――あなたが、

 例の料理人ですか」


 中央の男が言った。

 声は柔らかいが、

 語尾が切れる。


「はい」


 私は、鍋から目を離さない。


「ここは施療院です」


「承知しています」


「本来、

 勝手な炊事は認められていない」


「はい」


 私は混ぜる。


 音が、一定だ。


「なぜ、

 続けているのです」


「必要だからです」


 男は、わずかに眉を動かした。


「必要性は、

 医師が判断する」


 医師が、息を吸った。

 言おうとする前に、

 大きな女性が一歩前に出る。


「判断してるよ」


「……あなたは?」


「現場の人間さ」


 即答だった。


「昨日から、

 吐いたやつが減った。

 それだけで十分だろ」


 男は、冷たく言った。


「それは感想です」


「じゃあ、

 あんたのは何だい」


 空気が、ぴんと張る。


 細身の男が、静かに割って入った。


「事実です」


 全員の視線が集まる。


「施療院の記録では、

 昨夜から、

 嘔吐と下痢が三割減っています」


「……三割?」


「はい」


 男は続ける。


「水分保持率が上がり、

 薬の投与が安定した」


 会議の男が、口を引き結ぶ。


「それは……

 正式な手続きを経ていない」


 私は、ここで初めて顔を上げた。


「では、

 今すぐ止めますか」


 男が、言葉に詰まる。


 止めた結果は、

 誰が引き受けるのか。


 沈黙が落ちた。


 私は、その間に、粥を仕上げた。

 穀物がほどけ、

 匂いが丸い。


 匙ですくい、

 近くの寝台へ運ぶ。


 病人が、こちらを見る。


 会議の男たちも、

 その視線を追った。


 女性が、一口飲む。

 目を閉じる。


「……飲める」


 その一言が、

 部屋の重さを変えた。


 私は、淡々と言う。


「止めるなら、

 今です」


 会議の男は、

 しばらく黙ってから言った。


「……仮にだ」


 仮に、という言葉が、

 逃げ道の匂いを持つ。


「期間を区切ろう」


「どれくらい?」


「七日」


 私は、頷いた。


「十分です」


 男が、少しだけ驚く。


「短いと思わないのか」


「七日あれば、

 数字が出ます」


 細身の男が、静かに言った。


「責任は、

 こちらで取ります」


 会議の男は、彼を見た。


「……あなたは、

 本当に面倒な人だ」


「慣れています」


 即答だった。


 会議は、

 それ以上続かなかった。


 人が去り、

 足音が遠ざかる。


 医師が、深く息を吐いた。


「……君は、

 怖くないのか」


 私は、鍋を見ながら答えた。


「怖いですよ」


「それで?」


「でも、

 お腹が空いてる人のほうが、

 もっと怖いです」


 大きな女性が、肩で笑った。


「いいねぇ。

 王都向きじゃない」


「褒めてます?」


「最高に」


 私は、鍋を混ぜる。


 ゆーっくり、ゆっくり。


 七日。

 王都で、七日。


 それだけあれば、

 匂いは、十分に残る。


 正しさは、

 いつも後から邪魔をする。


 でも、

 腹が回り始めたら、

 もう、止まらない。


最後まで美味しく召し上がっていただきありがとうございます。

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