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『鍋ひとつで、王国を救ってしまった件』(連載版)  作者: くろめがね


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第四話 「鍋は、村へ向かう」

第4話も美味しくどうぞ。

 前線の朝は、早い。


 夜が明けきる前から、鎧の音が鳴る。

 馬の鼻息が混じり、土の匂いが動き出す。


 でも、その中に――

 昨日までなかった匂いが、残っていた。


 薄く、やさしく、

 胃の奥を刺激しない匂い。


 私は炉の前で、鍋を拭いていた。


「……今日は、行けそうだな」


 独り言に、隣で桶を抱えた大きな女性が頷く。


「行ける行ける。

 ここはもう、あたしらで回る」


 言い切りが、心強い。


「隊長も?」


「まだ寝てる。

 でもね、“寝てる”ってのが大事なんだよ」


 彼女は笑って、肩をすくめた。


「前線で寝られるやつは、

 だいたい死なない」


 私は鍋の縁を指でなぞる。

 冷たい。

 ――もう、ここでやることは、少ない。


 そこへ、あの細身の男が来た。


 相変わらず、顔が反則だ。

 朝の光を正面から受けても、

 陰影が崩れない。


 でも今日は、視線が少し違う。


「移動の許可が出ました」


 淡々とした声。


「村です。

 ここから半日」


「……村?」


「前線の補給を担う場所です。

 食料が、足りていません」


 私は、自然と頷いていた。


「行きます」


「即答ですね」


「はい。

 ここで整えないと、

 また、前線に歪みが出ます」


 男は一瞬だけ目を細めた。

 評価の合図。


「同行します」


 大きな女性が、腕を組む。


「護衛は?」


「彼女が一番の護衛です」


 男は真顔で言った。


「腹を満たせる人間は、

 この戦場では最強です」


「……言い過ぎ」


「いいえ」


 彼は淡々と続ける。


「事実です」


 私は鍋を布で包み、背負った。

 軽い。

 でも、意味は重い。



 村は、静かだった。


 畑はある。

 家もある。

 でも、人の気配が薄い。


 土の匂いはするのに、

 生きている匂いが弱い。


 私たちが入ると、

 年配の女性が一人、顔を出した。


「……兵の方ですか」


「いいえ」


 私は首を振る。


「料理人です」


 女性は、困ったように笑った。


「料理……

 今は、そんな余裕がなくて」


 その言葉で、分かった。


 ここは“飢えてはいない”。

 でも、“足りていない”。


「少し、台所を借ります」


 私はそう言って、

 村の共同炉へ向かった。


 中は、冷えている。

 使われてはいるが、

 丁寧に使われていない匂い。


 鍋を置き、水を張る。


 骨は、少しだけ。

 野菜は、端の硬いところ。

 普段なら捨てる部分。


 でも、ここでは――

 ここから始める。


 火を入れる。


 ゆーっくり。

 ゆっくり。


 煮立たせない。

 煮詰めない。


 すると、

 土と野菜がほどける匂いが立つ。


「……なんだい、その匂い」


 背後で、誰かが言った。


 振り向くと、

 子どもが三人、立っている。


 目が、鍋を見ている。

 鼻が、動いている。


「ご飯です」


「……今日の?」


「今日の」


 大きな女性が、後ろで笑う。


「ほら来た。

 正直な連中だ」


 私は、鍋に穀物を入れた。

 前線と同じ。

 でも、少しだけ違う。


 ここでは――

 “続く”ことが大事。


 だから、

 失敗しにくい量。

 焦げない火加減。


 混ぜる。


 音が変わる。

 匂いが、丸くなる。


 子どもが、息を吸った。


「……お腹、鳴った」


「正解です」


 私は笑った。


「それ、ちゃんと生きてる音」


 やがて、村の人が集まってきた。


 最初は遠くから。

 次に、近くから。


 匙を持つ手が増える。


「……柔らかい」


「昨日のより、食べやすい」


「腹が、重くならない」


 感想は、全部同じ方向を向いている。


 大きな女性が、配膳を仕切る。


「はいはい、急がない!

 おかわりは、ちゃんとある!」


 男は、少し離れて記録していた。

 紙に、何かを書きつけている。


「何を書いてるんですか」


「“回る”という事実を」


 淡々とした答え。


「この村は、

 今日から“回ります”」


「……大げさ」


「いいえ」


 彼は視線を上げた。


「前線は、

 回らない場所があると崩れます」


 私は鍋を見た。


 もう一度、混ぜる。


 ゆーっくり。


 匂いが、村全体に広がる。


 派手じゃない。

 でも、確実だ。


 そのとき、年配の女性が言った。


「……明日も、

 同じでいいかい」


 私は即答した。


「はい」


「変えなくていい?」


「続くほうが、大事です」


 女性は、目を細めた。


「……ありがたいね」


 その言葉が、

 前線で聞いたどの評価より、

 胸に落ちた。


 私は鍋を火から外し、思う。


 ――前線は、守った。

 次は、育てる番だ。


「今日の夕飯、

 何にしようかな」


 子どもが、真似をする。


「なににしよっか」


 大きな女性が笑い、

 男が静かに頷いた。


 鍋は、村に置かれた。


 火は、

 もう、戻らない。


最後まで美味しく召し上がっていただきありがとうございます。

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