↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
15/40

第15話

夜の森。

俺は冷たい夜風の中、木々の隙間から標的のあばら家を見下ろしていた。

ザルバ宰相から下された密命は、少年の暗殺と竜神の奪取。

黒い軍服に身を包んだ俺の部下たちは、息を潜めて周囲の状況を警戒している。

だが、俺の部隊とは別に、手柄を焦る愚かな小国の私兵たちが先行して動いていた。

彼らは闇に紛れ、武器を片手に無防備な家屋へと忍び寄っていく。


「隊長、我々も続きますか。あの連中に竜神を奪われては、宰相閣下に顔向けできません」


部下の焦るような問いに、俺は短く首を振った。


「待機だ。竜神の力を侮るな。まずは奴らの手並みと、標的の隙を観察する」


無益な殺生は好まない。武人としての誇りに懸けて、寝込みを襲うような真似は避けたかった。

だが、任務は完遂せねばならない。

俺は鋭い三白眼を細め、眼下で繰り広げられるであろう惨劇を静かに見守ることにした。

あの少年が、いかにして竜神を従えているのか。その真価を見極める必要があった。

月が雲に隠れ、森が完全な闇に沈む。

私兵たちは足音を殺し、あばら家の扉へと手をかけた。

その瞬間、空気が凍りついたような錯覚を覚えた。

ただの魔力ではない。次元そのものが歪むような、圧倒的なプレッシャー。

俺は思わず息を呑み、木々の枝を強く握りしめた。


◆ーーーー◆


深夜。

不自然な足音で目が覚めた。

軋む扉が乱暴に蹴り破られ、黒ずくめの男たちが雪崩れ込んでくる。

手には鋭い刃が握られ、月明かりに鈍く光っていた。


「小僧、命が惜しければその膝の上の化け物を渡せ。我らが主のために役立ててやる」


男の一人が下劣な笑みを浮かべて言い放つ。

俺はとっさにシルヴィを庇うように抱きしめた。

だが、俺の腕の中で眠っていたはずの小さな体は、すでに静かな怒りで震えていた。


「貴様らのような塵芥が、ルカの眠りを妨げたのか」


冷酷で、絶対的な零度を伴う声。

次の瞬間、シルヴィの周囲の空間が歪んだ。

男たちが悲鳴を上げる間もなかった。

目に見えない巨大な圧力が放たれ、侵入者たちは文字通り壁ごと吹き飛ばされたのだ。

あばら家の壁が紙屑のように弾け飛び、男たちは森の奥深くへと叩きつけられ、二度と動かなくなった。

神話級の圧倒的な蹂躙。


「ルカ、怪我はないか? こいつらは私がすべて排除するから、安心して眠るといい」


振り返ったシルヴィは、さっきまでの冷酷さが嘘のように、無邪気な声で俺の胸にすり寄ってくる。

俺は震える手で、そのもふもふとした背中を撫でた。


「ああ、平気だ。お前が無事なら、それでいい」


俺はシルヴィを道具や兵器として扱う連中を絶対に許さない。

だが、シルヴィが俺を守るために見せる力は、あまりにも強大すぎた。


翌朝。

吹き飛んだ壁の隙間から差し込む朝日で目を覚ますと、外の様子が一変していた。

あばら家の周囲にテントを張っていた各国の使者たちが、昨夜の惨状を見て顔面蒼白になっていたのだ。

俺が外に出た途端、豪華な衣装を着た使者たちが一斉に地面に這いつくばった。


「ルカ様! 本日は素晴らしいお天気でございますね!」


「どうか、我々の国が用意した最高級の果実をお召し上がりください!」


「壁の修繕は我が国の誇る大工にすべてお任せを!」


誰もが恐怖と畏敬の入り混じった視線を俺に向けている。

シルヴィの機嫌を損ねれば、国が一つ消し飛ぶと理解したのだろう。

図らずも、俺は世界で最も丁重に扱われる存在になってしまったらしい。


「あんた、すっかり偉くなったわね」


呆れたような声がして振り返ると、ニナが腕を組んで立っていた。

使者たちはニナが近づくのを見るや否や、慌てて道を空けて平伏している。


「俺が偉くなったわけじゃない。こいつの力に怯えてるだけだ」


俺が苦笑すると、ニナは肩をすくめた。


「まあ、あんたが元気ならいいわ。村の連中も、もう誰もあんたに手出ししようなんて思ってないみたいだし」


ニナの言葉に、少しだけ胸の奥が軽くなる。

同じような孤独を知る彼女が、こうして普通に接してくれることが救いだった。


「その通り。彼らはようやく、君たちという『不可侵の家族』の恐ろしさを理解したのだよ」


背後から声がして、オズワルドが歩いてきた。

彼は吹き飛んだ壁の残骸を興味深そうに観察している。


「昨夜の騒ぎは聞いていたが、見事なものだ。だが、私が驚いているのは竜神の力そのものではない」


オズワルドは真剣な眼差しを俺に向けた。


「なぜ、この小さな竜神が君を選んだのか。その理由が、ようやく確信に変わったのだ」


俺は息を呑み、膝の上で丸くなっているシルヴィを見つめた。


「数千年の間、あの卵は冷たい闇の中で孤独だった。過去の権力者たちは、莫大な魔力や富を使って無理やり孵化させようとしたが、すべて失敗に終わった」


オズワルドはゆっくりと言葉を紡ぐ。


「必要なのは、力でも権力でもなかった。親に見捨てられ、誰からも必要とされなかった君の純粋な愛情。そして、無償の優しさだ。孤独な魂同士が共鳴したことこそが、孵化の絶対条件だったのだよ」


俺の温もりが、数千年の孤独を溶かした。

その事実が、胸の奥に熱い塊となって広がっていく。


「私は、ルカの膝の上が一番好きだ。ここが私の居場所だ」


シルヴィが俺の指先にすり寄りながら、甘えるように鳴いた。

俺はシルヴィをそっと抱き上げ、その温もりを確かめるように抱きしめる。


「俺もだ。お前は、俺のたった一人の家族だ」


誰にも脅かされることのない、穏やかで温かい居場所。

俺たちはもう、絶対に一人じゃない。


◆ーーーー◆


遠く離れた森の木の上から、俺はその光景を静かに見つめていた。

昨夜の圧倒的な蹂躙。

そして今朝の、各国の使者たちが平伏する異様な光景。

だが、俺の目を最も惹きつけたのは、少年と竜神が寄り添う姿だった。

弱者でありながら、神話級の存在と心を通わせる少年。

彼が竜神に向ける眼差しには、権力者たちが持つような打算や欲望が一切なかった。

ただ純粋に、家族を慈しむような無償の愛情。

その在り方に、俺の武人としての心が微かに揺さぶられるのを感じた。


「隊長、いかがなさいますか。標的は完全に油断しておりますが」


部下の声に、俺は我に返った。

敬意を抱いたところで、俺は帝国の軍人だ。

ザルバ宰相の命令は絶対であり、任務を放棄することは許されない。


「……夜を待つ」


俺は短く告げ、剣の柄を固く握りしめた。

無益な殺生は好まない。だが、あの少年と竜神の絆を断ち切らねば、帝国に未来はない。

日が落ち、森が深い闇に包まれる頃。

俺は意を決し、音もなく木を飛び降りた。

気配を完全に殺し、夜の闇に紛れて少年のあばら家へと忍び込む。

彼らがどれほどの絆で結ばれていようと、俺は俺の責務を果たすだけだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。