第14話
冷徹な視線は、獲物を狙う獣のように、あばら家をじっと見据え続けていた。
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翌朝。隙間風の吹き込むあばら家で、俺は規則正しい寝息に耳を傾けながら、ゆっくりとまぶたを開けた。
膝の上には、丸くなって眠るもふもふの小竜がいる。昨日、竜語石を通じて互いの心に触れたことで、俺たちの間にあった見えない壁は完全に消え去っていた。
そっと頭を撫でると、シルヴィは気持ちよさそうに喉を鳴らす。その温もりが、俺の胸の奥にまでじんわりと広がっていくのを感じた。
不意に外から微かな話し声が聞こえ、俺は窓の隙間から外を覗いた。
そこには、護衛として滞在しているレオンの姿があった。彼は手の中に小さな通信魔道具を握りしめ、ひどく思い詰めたような顔をしている。
「……分かっています。ですが、あの二人を引き離すなど……」
漏れ聞こえてきた言葉に、俺は息を呑んだ。
「分断せよ、というのが本国からの至上命令だ。お前の任務を忘れるな。あの少年を排除してでも、竜神を我が帝国に持ち帰るのだ」
無機質な声が魔道具から響く。
レオンは通信を切り、深くため息をついた。その横顔には、任務と良心の間に挟まれた激しい葛藤が浮かんでいる。俺たちを裏切れないと、彼自身が苦しんでいるのが痛いほど伝わってきた。
俺は何も聞かなかったことにして、静かに窓から離れる。
彼を責める気にはなれない。レオンもまた、大国の思惑に振り回されているだけなのだ。
不意に、あばら家の外がにわかに騒がしくなった。
「おい、孤児! さっさとその竜神をこちらへ渡せ!」
乱暴な足音とともに、木製の扉が蹴り開けられる。
踏み込んできたのは、見知らぬ小国の使者と、完全武装した十数人の私兵たちだった。彼らは剣を抜き、明確な敵意を俺に向けている。
「金や地位でなびかないなら、力ずくで奪うまでだ。貴様のような薄汚いガキには、到底扱いきれる代物ではない!」
使者が冷酷な笑みを浮かべ、私兵たちに合図を送る。鋼の擦れる音が響き、殺気が部屋を満たした。
俺はとっさにシルヴィを庇うように抱きしめた。
「ルカに、触れるな」
あばら家の中の空気が、一瞬で凍りついた。
俺の腕の中にいたシルヴィが、ゆっくりと顔を上げる。その金色の瞳には、絶対的な零度の怒りが宿っていた。
次の瞬間、シルヴィの小さな体から爆発的な魔力の波動が放たれる。
「な、なんだこれは……!」
私兵たちが悲鳴を上げる間もなかった。目に見えない巨大な圧力が空間そのものを押し潰し、武装した男たちを次々と床に叩きつける。
石畳がひび割れ、使者は白目を剥いて泡を吹き、地面に這いつくばった。シルヴィは一歩も動いていない。ただ俺の膝の上から睨みつけただけで、彼らを徹底的に蹂躙したのだ。
「ルカの敵は、私がすべて排除する」
シルヴィは冷酷な声で言い放ち、俺を見上げて褒めてほしそうに尻尾を振った。
「……やりすぎだぞ、お前」
俺が苦笑しながら頭を撫でると、シルヴィは嬉しそうに目を細めた。
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この圧倒的な蹂躙劇は、周囲を取り囲んでいた他の各国の使者たちに決定的な恐怖を植え付けた。
神話級の力を目の当たりにした彼らは、力ずくで奪うことがいかに愚かな行為であるかを骨の髄まで理解したのだ。
結果として、彼らの態度は一変した。
「ルカ様! 本日は我が国から最高級の果実をお持ちしました!」
「どうか、こちらの絹の絨毯をお使いください!」
あばら家の前には、各国の使者たちが平身低頭で列を作り、俺の機嫌を取ろうと必死に貢物を差し出してくる。俺に敵対すれば国が滅ぶと悟った彼らは、図らずも俺を世界で最も丁重に扱われる存在として扱うようになった。
隙間風だらけだったあばら家には高級な家具が並べられ、生活環境は一変してしまった。
「まったく、胃が痛くなる光景だな……」
レオンが呆れたように呟きながら、使者たちが置いていった山積みの魔石を整理している。
シルヴィは俺の膝の上に陣取り、その高価な魔石をまるで飴玉でも食べるかのように、際限なくバリバリと噛み砕いていた。
「それにしても、よく食べるな。お腹壊さないのか?」
俺が心配になって尋ねると、部屋の隅で本を読んでいたオズワルドが眼鏡を押し上げた。
「ただの食欲ではないのだよ」
オズワルドは興味深そうに観察しながら歩み寄ってくる。
「この異常なまでの毛並み。これは幼体だからではない。周囲の悪意や過剰な魔力を吸収し、浄化するための竜神特有の防衛器官なのだ」
「防衛器官……?」
「そうだ。そして、この底なしの食欲も成長のためではない。君を守るための絶対防御魔法を構成すべく、エネルギーを備蓄しているのだよ」
俺は驚いて、膝の上の小さな体を見つめた。
村人たちからの冷たい視線や、使者たちのどす黒い欲望。俺に向けられるあらゆる悪意を、シルヴィはずっとこの体で吸収し、俺を守ってくれていたのだ。
「お前、ずっと俺のために……」
『ルカが、だいすきだから』
竜語石を通じて、無邪気な声が頭の中に響く。俺は胸が熱くなり、そのもふもふの体を強く抱きしめた。
「以前、君たちの孤独な魂が共鳴したからこそ竜神が孵化したのだと推測したが、この献身的な防衛器官の働きを見て確信したよ」
オズワルドが、少しだけ優しい声で言った。
「孵化の条件であった魂の共鳴は、単なる始まりに過ぎなかったということだ。この小さな竜神は、君の無償の愛情に応えるためだけに、自らの生態系すら作り変えようとしている。君が注いだ温もりが、神話級の存在を『君を守るための盾』へと進化させているのだよ。君たちの魂は、今や完全に結びついている」
孤独な魂同士の共鳴。
俺が必要としていたように、シルヴィもまた、俺の温もりを必要としていたのだ。
「俺は、お前の親だ。何があっても、お前を守り抜く」
俺がそう宣言すると、シルヴィは『うん』と力強い念を返してきた。
その光景を部屋の入り口で見ていたレオンは、小さく息を吐く。
彼は懐の通信魔道具にそっと手を触れると、何かを決意したように目を伏せ、あばら家の外へと歩み去っていった。帝国への報告を遅らせるという、彼なりの静かな反逆だった。
だが、事態は俺たちの知らないところで確実に進行していた。
帝国の暗部は、レオンの躊躇にすでに見切りをつけていたのだ。
その夜、村の境界を覆う森の影から、音もなく滑り込む複数の気配があった。ザルバが放った新たな刺客たちが、冷たい刃を隠し持ち、俺たちの居場所へと確実に迫っていた。




