29
リアが寝台で目を覚ました時、リンはリアに唇を重ねていた。この伴侶は、リアが寝ている時に口付けをしていることがたまにあった。リアはいつもぼんやりしながら、リンに望まれていることにこそばゆくなっていた。リアは慣れた調子でリンに尋ねた。
「何かありましたか?」
リンは子どものように顔を輝かせながら言った。
「今日は私の部屋の一つの初夏の部屋へ行きましょう」
リアは落ち着いて答えた。
「はい、分かりました」
聖杯城の部屋は入り組んでいた。リアとリンは朝食を終えると、リンの案内で城の中を歩いた。リアはリアルに城の中を案内された後、城を歩いたことはなかったので、リンの創った部屋は知らなかった。城の中には、思わぬ場所に中庭があり噴水が涼しげに住人を迎え、廊下の突き当たりにはいきなり茶畑がささやかに広がっていた。城には扉もたくさんあり、リアは奇想天外な部屋が創られたのだろうと予想した。リンはその一つの扉の前に立った。
「ここです、お師匠。一緒に入りましょう」
扉が開いた。甘い風が部屋から流れてきた。中は草原であり、遠くに白い花が咲き誇る林が在った。リアも見覚えのある、西大陸ではよくあるさんざしの林だった。リンはリアの手を繋ぎ、部屋の中へ入っていった。
空は青く、空気は暖かかった。たまに吹く風は爽やかで、季節は初夏だった。リンは林までゆっくりと歩いて行った。リアはまるで空間移動をしたような風景に、ここで城の主は西大陸を懐かしんでいるのだと思った。おそらくさんざしの林には、リンの思い出があるのだろう。風は甘く、心が酔いそうな空間だった。
リンは木の前に着くと、根本に腰を下ろした。リアは隣に座った。白い花びらがひらひらと舞っていた。
「お師匠とさんざしの林でのんびりするのは初めてでしょう? 今日はゆっくりしましょう」
「そうですね」
よく晴れて心地が良かった。リアはリンが無邪気に空間を楽しんでいることを感じた。
「お師匠、甘えても良いですか?」
リンはにこやかに甘い声を出した。リアは肯った。リアは昨日リンがやりたいことで、膝枕を所望していたことが頭に浮かんだ。
「どうぞ」
リアは足で枕を作った。リンは寝そべり、リアの足に頭を乗せた。リンは語った。
「私はよく、リアと枕を交わす夢を見ます。また、夜中に一人で起きて、隣で眠るリアが起きていないと、私の気持ちがリアに通じていない気分になります。そんな時、リアへの愛情が溢れて、リアへ唇を重ねています。私の愛情は、獣のように言葉を交わさず肌を重ねたくなるのです」
リアはリンの穏やかな睦言に、優しく答えた。
「僕は、眠っている間にリンがキスをしてくれると、いつもかけている幻惑の魔術が解けて、女性になった夢を見ます。僕は体を重ねている時は、女性に戻った感覚を覚えるのですが、眠っている間の時も、いつもとは違う自分を現すことができて、心地良いです。ぬるま湯に浸かったように体が温かくなって、頭が休んで、愛情に包まれた心地になります。リン、僕はリンの愛情表現が好きです」
リアの返答に、リンは微笑んだ。優しい風が二人の間に流れた。
「リア、宜しければ何か歌を歌って下さいませんか?」
リンは再び甘い声で頼んだ。リアはリンの白い頭をそっと撫でた。
「不思議ですね。リンの願いが心地良いです」
リアは歌を歌った。
少年は町で異界の少女に出会った
少女は旅する魔術師だった
二人は一緒にいる時間が心地良いと気付き
食事と眠りを共にした
黄色い花畑で 少年は少女に
ずっと一緒にいようと花冠を贈った
少女は肯い約束を胸に置いた
二人は月を見ては語らい
木に体を預けては肩を寄せた
年を取り少年と少女は夫婦となった
少年は少女に聞いた
「異界は恋しくありませんか?」
少女は頬を染めて答えた
「私はあなたと一緒にいたいです。
異界よりもあなたを選びます」
少年は少女の心に安心した
心ではいつ少女が異界に帰るか
不安を抱えていたからだった
少年は少女を大切にして
甘く優しく暮らした
リアの声はリンの心に溶けた。凛とした女声が伸びやかに流れ、多幸感がふわりと表れていた。吟遊詩人の魔力のように、ずっと聞いていたい心地だった。リアは甘い風に言葉を乗せた。
「この歌は僕の故郷の有名な歌です。恋人たちがよく一緒に歌ったりします。僕にも歌を贈る人ができて幸せです」
リンは眼を細めて微笑んだ。
「今度この部屋に来る時は、私がリアに膝枕をしましょう」




