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リンがいつも使う釣り場の奥には、無限の森が広がっている。リアがシエララントに旅立ち、リンがいつものように一人で湖畔で釣りをしていると、森の中から少女が現れた。少女は年は十二才くらいで、西大陸の人と同じいでたちであり、一人で迷い込んできたようだった。


少女は湖畔で釣りをするリンに気付くと、困ったように尋ねた。


「ここはどちらですか? 私はさんざしの林を歩いていたら、こちらに着きました」


リンはたまに迷い人が訪れることに慣れているので、少女に答えた。


「知らない場所に辿り着いて大変だったでしょう。私は隠棲した魔術師です。ここは私の異空間でできた住み家です」


少女は目を輝かせた。


「魔術師様! 私はサラルと申します。魔術を少し知っています。異空間に住む魔術師様に会えたのはご縁です。少しお話しして下さいませんか?」


リンはサラルという名は、ベリの者の名だと気付いた。たぶん、家に急いで帰りたいわけではないことを察した。この異空間に訪れる客人にはよくあることだった。リンはにこにことして返した。


「私の城へ案内しましょう。私に西大陸の話を聞かせて下さい」


サラルは無邪気に喜んだ。


「ありがとうございます、魔術師様! お名前は何とお呼びすれば良いでしょうか?」


「私はリンと呼んで下されば良いでしょう」


リンは釣り具を片付け、サラルを小舟に乗せて城へ帰った。




リンは城に着くと、サラルを居間の黒い長椅子に案内した。サラルは魔術でできた城に強い魔力を感じ、落ち着きがなく辺りを見回した。リンは台所で白茶とさんざしの乾物を用意し、サラルに与えた。


「なぜ台所が二つあるのですか?」


客人の無邪気な疑問に、城の主は微笑んだ。


「私には妻が二人います。二人ともこだわりがあって、それぞれが台所を作りました」


「今は二人ともいらっしゃらないのですね」


城の主は長く生きている者の目で穏やかに答えた。


「二人とも自分の仕事を持っていて、忙しいのです。隠棲した私は、自分の時間を持ちながら、ゆっくりと暮らしています」


サラルは、目の前の魔術師が、強い魔力の持ち主だと感じていた。お茶を飲みながら、サラルは好奇心から質問を深めた。


「奥さんはどんなお仕事をされているのですか?」


「一人は、異界で図書館の館長をしています。西大陸では夏に『チェス』があり、異界の夢を見るでしょう。普段、そちらの世界に住んでいて、夏になると、西大陸と異界を夢で結ぶのです」


「すごい!『チェス』の観戦者用クロスは私も借りたことがあります。皆、異界は届かない所だと思っていましたが、行き来のできる場所なんですね! 私もさんざしの林を通ったら、異界に行けますか?」


リンは少女が明るく話す夢に微笑した。


「異界の旅人たちはさんざしの林を通っています。成長して魔力が強くなれば、おのずと道が分かるようになります」


サラルは目を輝かせた。


「異界には様々な国があるのですよね? 私は『ここではない場所』へ行って、色々な世界を見たいです!」


リンは優しく微笑んだ。


「それでは、最初に『塔の町』へ行くと良いでしょう。そこでは、どんな旅人にも、広い世界について教える賢者たちがいるそうです。世界中の言葉を翻訳する魔術を教わり、異界の地図を覚えてからなら、きっと旅をしやすいでしょう」


「『塔の町』とは、あの絵画で有名な異界ですか? 塔の町をご存じなんてすごいです! リン様は塔の町で学んだのですか?」


子どもの純粋な敬意に、リンは首を横に振った。


「いいえ、私は二番目の妻から魔術や知識を教わりました。妻は、塔の町の司書で、異界の本の情報を集めています。今も仕事で西大陸の町へ行っています」


「そちらの奥さんもすごいお方ですね!」


少女は目を輝かせてから、俯いて黙った。それから大人の世界に足を踏み入れて恐る恐る尋ねた。


「奥さんが二人いらっしゃるということは、三人目の席は空いていますか?」


リンは苦笑して答えた。


「残念ですが、私には三人目には心に決めた人がいます。三人目の席は埋まっているのです」


少女はそれ以上は追求しなかった。


「わぁ、リン様ごめんなさい! 恐れ多いことを言ってしまって……!」


リンはゆるりと立ち上がった。


「いいえ。お茶を入れかえてきましょう。その後はサラルさんのお話を聞かせて下さい」


それからサラルはリンの淹れた新しいお茶を飲んだ。先ほどのお茶と見た目はそう変わらないが、味がちょっと違う、とサラルは気付いた。先ほどは香りが良く味は淡かったが、新しいものは淡い金色で、渋みを抜いたお茶という味がした。


「新しいお茶も美味しいです」


リンは一杯目と味が違うことに気付いた客人に微笑んだ。


「一杯目と二杯目は違う茶葉を使っています。気付かない方も多いのですが、気付いて下さってありがとうございます」


「いえいえこちらこそです。西大陸では珍しいお茶を頂いてしまってごちそうさまです」


「それでは、お土産にこのお茶の葉をお渡ししましょう」


「わぁ、ありがとうございます!」


サラルは自分の話をした。


「私はベリの者という名札が付いています。それは、あまり人々から歓迎されない名札です。だから、その名札のない世界を見てみたいなーと思って旅に出たいのです。自分の名札のない旅人って、格好良くないですか? 私はずっと異界で旅人になって、風のように暮らしたいんですよね」


少女の憧れと諦めは、たぶん叶うことなのだろう、とリンは予見した。リンは客人の寒くなった心に暖かな風を与えた。


「旅も良いでしょう。世界が不自由を押し付けて来るので、違う世界へ移動する方は多くいます。

良かったら、今日は夕ご飯はいかがですか? 今晩は城へ泊まり、明日元の世界へお送りしましょう」


サラルは心が温まった。


「お城に泊まるのなんて初めてです。ありがとうございます!」




サラルが客室で眠りに入った時、夜遅くまで残っていた仕事が終わったリアルが、暖炉の隣のドアから居間に現れた。リアルは年若い少女の客人が城に訪れたと聞いて面倒臭い案件だなと思いながら驚いた。


「ええ!? 三人目の伴侶?」


「違います」


リンは淡々と否定した。


「明日、元の世界へ帰します。この城には、『ここではない場所』まで行けなかったこの世界の者が訪れるようですね。きっと、城の異空間が『ここではない場所』の隣にあるのでしょう」


リアルが言葉で突いた。


「面倒臭いから、できたら三人目はなしにしてね」


リンは眼を細めて微笑んだ。


「今日はゆっくりしていって下さい、リアル」

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