3.
十七歳になった。寿命が定かでないエルフだというのに、まるで人間の様に身体は成長した。弟も大きくなったが、彼とはあまり仲が良くない。私は気兼ねなく接そうとしているのだけども、彼とは心の壁を感じる。いや、まぁ、分かる。家庭で疎まれてる姉と、愛されている自分。その差は甚だしく、まるで冬と夏の様に対極にある。だというのに、姉がそれを感じさせない感覚で話しかけてくるのだから、彼からすればどうしていいか分からないだろう。
「弟よ、そろそろ姉は都会の学校に行く。其れまでになんか学びたいことある?火起こしの魔法とか教えるよ。」
「……別にねぇよ。姉貴は人に教える才能ゼロじゃん。魔法使いとしては一級でも、先生としては三流も三流じゃん。」
弟はチラッと両親が居ないかを確認してから口を開いた。温かみのある木材のリビングで、机を挟んで肉を食っている。鹿肉であり、獣臭が酷い。胡椒ではどうにもならない臭みがあった。
「姉貴は、外の世界で生きるんだろ?ほら、エルフの生活は合わないだろうし。」
「そうだけども、そう言われると反抗心がほんのりと湧いてくるね。」
「そうは言っても、此処に居場所が無いんだから、出ていくしかねぇだろ。居てもいいが、地獄だぜ、姉貴にとって。」
「それはそう。弟の言う通りだ。レヘルちゃんと、この世界の覇者にでもなる。そして、この村を燃やすんだ。」
「……俺は助けてくれるか?それ。」
「勿論。」
「というか、姉貴だったら今現在でも、この村を焼き尽くすくらいはできるだろ?」
彼は眉を顰めて、頭を少しだけ前に出す。僅かに上目遣いとなった。あまり可愛くはない。
「できるけど。もしかしたらルールが違って、犯罪かもしれないだろう?悪辣が服を着て跳梁跋扈する人間世界で、犯罪者は不味い。私だけならばいいけど、レヘルちゃんとだと余計なリスク。」
「……嘘でも、出来ないと言っておけよ、怖いから。つうか、姉貴は人間なんか見たことないだろ?」
「見たことはないが、嫌という程に知ってはいる。……どうせ、変わらんだろ。」
彼は、よく分からないと言った風に苦笑いして、肉を口へと運んだ。私は会話を切り上げ、両親が狩りから帰ってくる前に、床に就く。夢は見なかった。
都会の学校へと行く日になった。
私と同じで、すっかりとエルフから除け者になってしまったレヘルちゃんと共に、何の見送りもないまま、朝露が葉を濡らす時間帯、まるで駆け落ちするかのような雰囲気で、村を後にする。村から出るや否や、レヘルちゃんが、私の手を掴む。ほんのりと温かい。
「ブネちゃん。やっと、私たちだけで暮らせるね。」
そう言って、私の顔を覗き込む。木苺の匂いが鼻を擽り、彼女の長い髪が私の頬を撫でた。目と目が合うと、彼女は和かに笑う。だというのに、何処か冷たい。私は何故か、責められたような気になった。
「嬉しいの?」
「ブネちゃんは嬉しくないの?だって、昔から私のこと好きだよね?」
「好きだけど、だからといってこれからの生活への不安は別の問題でしょ?学生寮に入るらしいけど、もしかしたらエルフ差別なんかもあるやもしれない。寝込みを襲われるかもしれない。不安は沢山ある。素直に喜べない。」
「なら、帰る?」
「帰らないけど。」
「じゃあ、一緒に過ごす時間が増えたと喜んで。私は、いつだって側にいたいの。」
彼女はそう言って、私の胸部へと指を這わす。中指だけをシャツの間から入れて、爪が肌に触れると、彼女は真顔になって、
「ブネちゃんも、そうでしょ?」
と、爪を立てた。聊か怨めしそうな態度で、私の瞳を下から覗き上げる彼女の眼から、私は逃げた。
「……そろそろ水路に着く。巫山戯ていたら、遅れてしまうよ。」
「ふざけてるのはそっちよ。逃げてばっか。あーあ、なら私がふらふらと浮気しよっかなぁ。」
ちらちらと此方の様子を伺う彼女のそれは媚態。
「私にはレヘルちゃんしかいないから、やめてほしいなぁ。」
困った顔してそう言えば、彼女は私の前でバレエのように一回転し、天を指差す。
「満足。さ、行こう。」
それだけ言って、ずんずんと森の中を進む。私は重いリュックを背負い直すと、彼女を追いかけた。
数時間歩くと、鬱蒼と生える草木と草原の境目に差し当たり、視界が開ける。青々とした草原が広がり、遠くには雪を被る山々が並び、目の前を蝶が通った。そして、その草原を裂くように一直線の水路があった。
そこには一艘の船が。
私たちは、その船を目掛けて駆け出す。
「すいませーん、乗せてくださーい。」
私たちは声を掛けると、船に慌てて乗り込む。飛び乗るように乗船したので、甲板で一回転。リュックの中身がずしんと重い。
船頭が一人。護衛が一人。甲板の半分を荷物が埋め尽くす。流線型の菱形の船には帆はなくて、代わりに屋根がある。
「……嬢ちゃん達、金はあるんか?貨幣はあかんぞ。あんなものは紙切れだ。宝石や、金貨に銀貨しかあかん。」
よく日に焼けた船頭が、右手を水路に突っ込んだままに、私たちに問う。
「ありますよ、ほら。」
レヘルちゃんが僅かに頬を膨らませて、ポケットから金のナゲットを幾つか取り出す。量にして二十グラムあるかどうか。
皺くちゃな顔をギュッと寄せて、目を細めると船頭は私の手の上を確認する。
「なるほど、それだけあれば十分だ。ただ、荷物が増えてきたら降ろすぞ。」
「分かってるわ。」
商人の仕事は物流であり、そこに人間は含まれない。商人の右手から泡が出ると、ゆったりと船は進んでゆく。
「二人はあれか?これから学校に入学するんか?出稼ぎには見えない。」
「そう。都市の学校に通うの。」
「なるほどの。魔法は使えるか?」
「使えるけど、船を漕ぐ手伝いはしたくない。幾ら魔力をそこまで消費しないとはいえ、面倒。金はきっちり払うから。」
私はレヘルちゃんの膝を枕にして寝転べば、船頭のため息が耳に入った。
「けっ。最近の若いもんは……いや、エルフにそれは御法度か。」
そう言って豪快に笑う船頭。
「おい、そこの二人。知っちょるか、最近はキュスパ族の出稼ぎが、儂等船頭にとっての幸運の女神になっとる。うん。なんせ、美女に美男。それに、金は無いから身体で払うんじゃ。」
「ゲスだ。」
「いやぁ、違う違う。儂等も別にそれを最初から求めちょるわけじゃない。身体で払われてもトラブルの元にしかならんからな。けどな、キュスパ族は、どうやら村に子どもが減ってな、増やす為にも積極的にそうゆうことをしとるらしい。」
「それほんと?」
私が少し顔を上げて聞けば、レヘルちゃんに上から睨まれる。私は慌てて首を横に振り、
「それただの噂で、身体目的が恥ずかしいからそうしているだけじゃないの?」
「儂もそう思っとったんじゃが、親友が嫁ができたと言って、キュスパ族の娘さんを紹介してきた時に噂は確信に変わったの。あの醜いジジイめ、鼻の下を伸ばしおってからに。」
僅かに船が速くなる。
「……それ、詐欺じゃない?詐欺。」
「そうだといいの。」
ガハハ、と笑う船頭。あまりの調子の良さに、私は苦笑してしまう。
船で揺られること数時間。うつらうつらと、寝て起きてを繰り返していると、唐突に船が止まる。目を開けて、ゆったりと頭を起こすと、何やら進行方向の先に一人の女性がいた。肌面積は広く、扇情的な格好。その人は俯き、ぼーっと川を見つめて、辛気臭い顔が水面に浮かんでいる。
「おい、嬢ちゃん。どうしたんじゃ、そんなところで。」
何処か嬉しそうな顔をして、鼻の下を伸ばしたままに船頭が、女性に声を掛けると、その人はガバッと起き上がり、倒れるように船頭に枝垂れかかる。
「私、旅の者でして。魔物の襲撃に遭い、分け目も振らずに逃げ出したものですから、荷物も無くしてしまい、途方に暮れていたのです。」
身体を見せつけるように船頭の腕を掴む彼女のロングスカートが風に揺られ、その影から長い尻尾がチラッと見える。何処かで見たことのあるようなそれは、先っぽがハートの形で、濡れたように艶やか。
---サキュバスだ。
私は一人納得し、苦笑した。




