2.
「ブネちゃん。お母さんが、ブネちゃんはきっと悪魔の寵児だって言ってたよ。寵児って何かは分かんないけど。」
木漏れ日。ツリーハウスの一室には虫喰いの陽光が入り込み、私の肩に枝垂れかかる少女の髪を照らす。彼女の金糸の様な髪がシーツの上にはらりと落ちて、流し目でそれを見る彼女の横顔は何だか彫刻の様に美しかった。切れ長の目が微笑むと瞑られ、普段の凛とした様子は影を潜めて、花恥ずかしい。
「分からない方がいい。分かったって何もいい事は無いのだし、つまらない。君の美しさは無知であることも起因して、いや、すまない。あどけなさがあるから綺麗なんだ。」
私がそう言って、バカラのグラスでも触るかの様な優しさで、彼女の頬を撫でる。すると彼女は恥ずかしそうに、くすぐったそうに、子猫の様に私の手に体重を預けた。
「何言ってるか分からないよ。」
「分からなくていいよ。」
「けど、褒めてるのは分かる。」
「それが分かればいい。」
「ねぇ、名前で呼んでくれない?」
彼女が真面目な顔をして、私を見た。気まずさを感じて、私は目を逸らす。彼女の名前を覚えていないのだ。教室で綺麗な子を見かけたから、花に手を伸ばす様な感覚で可愛がっているだけで、花は花であり、薔薇だとか紫陽花だとかの名前に興味は湧かない。彼女の顔に影が差し、その瞳は不安の光を帯びた。
「……もしかして、覚えてないの?」と震える声で言うものだから、私は咄嗟に「そんな事ない。……恥ずかしいんだ。名前を呼ぶのって、何だか気恥ずかしいものだろう?」
祈る様な気持ちで言葉を吐いた。私は何とかこの場をやり過ごして、直ぐ様に彼女の名前を調べた。ハアイヤ=レヘル。それが、私に懐いた少女の名であった。
私の友と言えるのはレヘルちゃんだけである。充分であり、過不足ない。私は常に彼女の隣にいた。べったりと、離れない。里の皆んなの目線は酷いもので、自分の母から伝わったのだろうが、子どもに向けていい視線ではなかった。眉を顰めて、珍妙な品でも観るかの様にじろりと見て、二人組であれば顔を見合わせて小声で陰口を吐いて、急ぎ足で去る。子どももそんな親の姿を見るのだから、私から離れた。だけども、レヘルちゃんだけは私を煙たらなかった。
その理由は優しいからというのもあるが、私と仲が良いというイメージが定着してしまい、もう新たに他の友達が出来ないという訳もあった。
子どもというのは酷なもので、悪魔と云われる子どもの友達までもが、まるで感染したかの様に煙たがれる。哀れな事にレヘルちゃんは、私と匹偶になるしか選択肢が残されていなかったのである。本当に可哀想な話であり、それを分かっていながら彼女の隣にいた私は、確かに悪魔と云われるのも仕方がない話かもしれなかった。
何も知らぬ娘を、孤立の道に引き摺り込んでいるのだから。




