8.
軽い破裂音。左右から血飛沫が飛んで、薄紫に鮮血が混ざる。遅れて沈む人間の頭部。宇宙へと倒れ込むのは冒険者達の身体。
九つの手が、瞬く間に伸びて、その数だけ冒険者を殺していた。話したことはない。だけども、平常心のままとはいかない。臓器の全てが落下する感覚。私は半歩だけ後ずさる。
「恐れたものは逃げろ!戦えるものだけでよい!!」
ニルバルの声が耳を打つ。
死への恐怖は、恥を前に砕け散る。瞬時に思うのは、ニルバルごと敵を貫く自分の姿。ようやく、自分らしさを取り戻す。
ニルバルと私の横を通り抜ける一陣の風。それはソラス。ログが構えた盾を踏み台にして、自身を射出していた。
双剣を交差させて、敵へと迫る。
「--光って潰す。」
双剣が揺らいで光り輝き、光線となって、敵を切り裂く。
それは賦技。個人の資質であり、奥義であり、隠し球。それを惜しげもなく使って、私たちに道を示す。
ソラスが視界の先で、肩で呼吸する。だが、敵に何らダメージがあるようには思えない。僅かにも傷が、ついていない。
彼へと振るわれる、骨の鞭。
空気を削ぐような音。打鞭は、瞬時に移動していたログの盾によって塞がれる。だが、勢いまでは殺しきれずに、二人は一塊となって、吹き飛ばされた。
「……ちょいちょい。」
私は苦笑してしまう。
掠れば死。
分かりやすくていい。
「骨星のドゥパリ。噂以上だ。」
ニルバルが、それを睨む。
ドゥパリは一度、藤の花の絨毯を打鞭すると跳んだ。背後には月。
「……打鞭だけにしときなよ。」
それだけでも十分に致命傷。
ドゥパリは大きく空で翻ると、その体から幾つもの骨弾を跳ばす。
一つ一つが拳骨サイズのそれが、目一杯に広がる。宇宙を裂くそれらは、私たちに隕石のように降り注いだ。
あちこちで光や、炎に氷が上がる。
誰もが必死。
私目掛けて跳んできた骨弾は、ニルバルが剣で弾き返した。そして、そのまま彼はドラゴンに変身しながら、ドゥパリへと迫る。
「滅びろ。」
口を開けると、口の周りが陽炎のように揺らいで、空気が火を吹いた。ドラゴンのブレス。炎の息が、ドゥパリを焦がさんとする。
ドゥパリは避けない。
それどころか、骨の手でニルバルを鷲掴みにする。
--そのまま殺してしまえ。
私の内心が聞こえているのか、ドゥパリの手はどんどんと握り締められてゆく。蜥蜴の眼が、苦痛に歪む。
「ブネちゃん。あれが殺されたら、本気で逃げる?」
「いや、逃げない。あれが欲しがった星遺物を手に入れる。」
ぺろりと舌で唇を舐めて、ことの成り行きを見る。
ニルバルが手から逃れるために、人へと瞬時に変わる。そして、そのまま手に乗ると、それを足がかりにして、背骨へと登って、駆けて頭へと。
ドゥパリは淡く発光すると、数多の隕石が宇宙に現れた。
--これか。
それはドゥパリにも降り注いで、走るニルバルを撃ち落とさんとする。そして、その余波が此方へと。
私たちはそれを魔法で捌きつつ、ニルバルからは目を離さない。
彼は隕石を華麗に避けて、とうとう仮面へと。
そして、仮面と背骨の間に向かって剣を振り下ろす。
鋭い一撃。
止めるものはない。
--仮面と身体。それは別たれた。
絨毯へと降下する仮面。
私はため息を吐いて、ニルバルを見上げる。彼はゆっくりと微笑んで、勝ち誇る。そんな彼の背後。仮面を失った骨の手が--
--刺し穿つ。
痛みに喘いで、血反吐を吐くニルバル。
彼を貫いた手は、そのまま仮面を掴んだ。そして、何でもないように仮面を元の位置に戻す。
「あっ、そう。」
私はそう呟いて、ドゥパリは睨む。
周りの冒険者は悲痛な顔をして、力を失って、堕ちて来るニルバルへと駆け出す。
諦めと敗走。
その二文字が、彼らの脳裏に浮かんでいるのは、誰が見ても明らか。
私は息を吸って叫ぶ。
「逃げろッ--!!殿は私が務めるッ!!」
そう言えば、言う通りにする冒険者ども。ソラス達だけは、此方を不安げに見つめていた。ドゥパリはそれを追わない。私とレヘルちゃんは並び立って、宇宙を見上げる。
「……お金を稼ぐどころじゃなくなってるよ、これ。」
レヘルちゃんがため息混じりに呟いた。
「あれを個人で倒せたらさ、私はニルバル以上ってことだよね?」
「まぁ、そうだね。」
「おけ。レヘルちゃん。何かあったら援護は宜しく。」
私がゆっくりとドゥパリに近づいていけば、それは叫ぶ。狂気の悲鳴。モスキートーンのようなそれ。藤の花を小刻みに揺らし、花弁がはらはらと舞い落ちる。
「獣と呼ぶには、命の形をしていない。どちかといえば、悪魔祓いの気分だよ、いざ本気でやろうと思うと。」
骨だらけ。長く見ていれば、気が触れそうになる。纏った白布が、逆に気持ちが悪い。
私は息を吸って、膨らんだ肺に力を込める。
「--緑咲いて命枯れる。」
右手を前に出して、中指から折ってゆく。
藤の絨毯が蠢いて、幾つもの蔓がドゥパリに向かって、勢いよく生え伸びる。まるで生き物のように、ドゥパリへと刺すように這い寄る蔓は、ドゥパリを包み込む。
「意思返し。」
握りしめる拳。
蔓で仮面を奪おうとするも、包まれたドゥパリが蠢いて、グレネードのように身体から八方へと隕石を噴き出す。
熱を持つ隕石は、簡単に蔓を喰い破る。
私は瞬時に、竜巻を魔法で起こして、隕石を削る。熱を持った欠片が、割れたガラスの破片のようにそこらへと撒かれる。
怒ったのか、ドゥパリが天へと仮面をもたげて叫ぶ。それに呼応するように、骨弾が私たちを目掛けて跳んだ。未だ、宙には隕石の破片が。
蔓を牢のように編んで、私はレヘルちゃんと共に骨弾をやり過ごす。
--それを読まれていた。
肉が焦げる臭い。
骨弾は熱せられた隕石の欠片を先端に纏って、私の牢を焼いて貫いた。
視界を隠していたから見えなかったッ!!
頬が燃えるように熱い。
私は咄嗟にレヘルちゃんの腰を引いて、覆い被さっていた。頬と右肩。押さえれば手にはべっとりと血がつく。
レヘルちゃんに逃げるように促すも、彼女はゆっくりと首を左右に振るだけ。私は微笑んで、少しだけ離れるようにお願いすると、潤んだ瞳で幽かに頷いた。
「……知恵はバッチリとあるのウザいな。」
私はドゥパリのことを睨む。
仮面が本体なのは察している。だが、そこに攻撃が辿り着けない。
--知恵がある。
それはとても厄介で、人間が食物連鎖の頂点に立てた理由。人間以上のものが知恵を持つ。私はその恐怖を知る。
ドゥパリは隕石を縦に一列。宇宙に向かって射出していた。
……何がしたい?
燃える岩々。ドゥパリはそれに向かって、跳ぶ。
「……なるほど。……ん?なるほど?」
訝しんで見上げる瞳の先。
隕石へと体を擦り付けて昇るドゥパリ。纏う布が燃えて灰となる。骨は摩擦で赫くなって、火花が身体のあちこちでパチパチと爆ぜた。
骨の一個一個が、ほんのりと熱を抱く。
空に打ち上がっていく、骨の昇龍と化したドゥパリ。
「熱で植物を燃やせるからって、普通それやらないでしょ。」
危機を忘れて、ふふっ、と笑ってしまう。
隕石。
ドゥパリが私目掛けてダイブする。
私は蔓を何本も出し、クロスさせるとドゥパリに備える。
変わらぬ仮面。だけども、ドゥパリがニヤリと笑った気がした。
燃えた体躯。まるで束ねた糸を燃やすように、蔓はいとも簡単に燃え散る。
「そんなことは分かってる。」
私も、にやりと笑ってみせる。
「--だから、その熱を奪う。」
蔓の影に隠していたのは、小さい竜巻。蔓を伸ばすと共に、私は魔法を忍ばせていた。竜巻は勢いを増して、肥大化していくと、宇宙に舞う藤の花弁を吸い込んで、薄紫に色づき、轟々と渦巻くとドゥパリを襲う。
風が熱を攫う。
そして、仮面を砕かんと襲いかかる竜巻。だというのに
--ドゥパリは焦りの色を見せない。
くるん。
仮面を軸にして、身体を捻るように回す。まるで鯨。竜巻とは逆回転。風の流れに逆らい、高速で回って、竜巻を打ち消す。
「……マジか。」
ドゥパリは、私へと九つの手を伸ばす。槍のように鋭く速いそれらは、未だ赫い。
蔓は役に立たない。
ギリッと、私の歯が鳴る。
「クソがぁぁぁああ--!!」
魔力がどうとか言ってられない。死ぬよりはマシだ。
両手を前に構えると、目の前には泡。水がぼこぼこと無から瞬時に湧いて、どんどんと量は増えていく。
水の魔法。
身体とは合わないから、あまり使いたくは無かった。
水に突っ込まれた骨の手らは、ジュッと水を蒸発させながら、私へと迫る。水の中。手の勢いは緩まる。
「……限界。」
水は爆ぜて、豪雨となって降り注ぐ。
魔力は潰えた。
肩で息をすれば、忘れていた痛みが蘇る。
何処か、私を馬鹿にする雰囲気を纏うドゥパリ。
「魔力はすっからかん。そうなると分かりながら、私は水の魔法を使った。」
手をポケットに突っ込む。
「それにさ、私がタダでレヘルちゃんを庇うわけないじゃん。」
苦笑する。
--二つの袋。
ソラスの説明が、鮮明に思い出される。魔力の込められた人骨の粉。レヘルちゃんを庇うついでにくすねた袋。私は二袋分を口に含んで、豪雨の大きな雨粒で飲み込む。
チョークの粉。
食べたことはないけど、きっとこんな味。
魔力の込められた粉は食道を経て、胃に落ちると魔力が血流に溶ける、体に沁みるように広がって力が漲った。
「底は分かった。化け物退治と洒落込もう。」
体力は回復していない。だけども、私は軽口を叩いた。それに応えるように、ドゥパリも吠える。
--先に動いたのドゥパリ。
数えるのも馬鹿になる程の無数の隕石が、ドゥパリの周りに展開された。一つの太陽とも思えるほどの熱と質量。
向こうも出し惜しみしていない。
ドゥパリは跳ぶと、身体を瓦解させて、無尽蔵の骨弾を作り出す。
全力勝負。
--雨が止んだ。
それが合図となった。
「くたばれ、クソ骨ぇぇええ--!!」
ドゥパリを睨んで、私も叫ぶ。
蔓が私の周りから湧き出す。
私はそれら一つ一つに風を巻きつけて、螺旋の蔓と化して、ドゥパリへと迫る。
「--緑咲いて命枯れる!!」
右手を拳に突き出せば、隕石と骨弾、竜巻纏う蔓が激突する。
熱風が生まれ、そこら一帯に吹き荒れれば、宇宙の藤の花を吹き飛ばす。骨弾を竜巻が奪って、渦に乗ると、合わさって隕石を削る。蔓は隕石に触れると煙をあげて跡形も無く爆散。それらを縫うように避けて、仮面が私に迫る。
開けられた口。
そこには真っ暗な影が広がる。
身体を捨て、最後は弱点である仮面でのラストダイブ。あれが私まで辿り着いたら、私の命は食われる。
蔓を伸ばして、仮面へと巻きつける。
ギチギチに食い込んだ蔓。
仮面はそれをものともせずに私へと。
「砕けろよぉぉおお--!!」
突き上げた拳を握る。
爪が肌に食い込む。
歯は痛いほどに噛み締める。
--画面の端にヒビが。
僅かなひび割れ。だけども、微かに割れた。仮面は意を決したのか、さらに蔓へと仮面を押し付ける。
意地と意地。
言葉は無くとも、伝わるものがある。
「だけども、所詮は死骸。生者に死者は勝てない。」
砕ける。
ヒビは蜘蛛の巣状に広がって、仮面が割れる。
パラパラと仮面の破片が、藤の花と共に私へと降った。
「……やった。」
小さく呟き、膝から崩れ落ちる。私は背後を見つめて、微笑を浮かべた。
「私は、強い。」
その言葉を噛み締める。
狭量の器に、安堵が満ちた。
勝利の美酒よりも、他人へと勝ち誇る我が身の、どうしようもなさに顔が綻んでしまった。
私らしい。
だけども、それがいい。この地獄がお似合いの愚かさが、愛らしい。




