第五十一話 土の記憶
放課後、ラウンジの一角で、ユリウスとフェリクスは記録書と魔導版紙を広げていた。
「やはり気になるな」
ユリウスが呟く。
「根、ですか?」
フェリクスが顔を上げた。
「ああ」
机の上には二枚の魔導版紙。
温室裏で発見された蒼玄草。
そしてテラス下で発見された蒼玄草。
「温室裏の株は横へ根を伸ばしていた」
ユリウスはヴィクターから聞いた話を思い出す。
「だがテラス下の株は違う」
「深くまで伸びていました」
フェリクスが記録書を開く。
「採取時の報告にも残っています」
「同じ植物とは思えないな」
花の色。
毒性。
大きさ。
そして根の形。
違いは多い。
それなのに原因は見つかっていない。
「土壌分析の結果は?」
「鉄分量の違い以外、目立った差異はありません」
フェリクスが首を振る。
「王宮の調査班も同じ結論だったな」
ユリウスは小さく息を吐いた。
何かが欠けている。
そんな感覚だけが残る。
その時だった。
「お待たせしました」
ロシーナがラウンジへ姿を現した。
「すまない。呼び出してしまって」
「いえ」
そう答えたものの、どこか考えに耽っている様子だった。
「何かあったのか」
「え?」
「顔に書いてある」
ロシーナが困ったように笑った。
「そんなに、わかりやすいでしょうか」
「ああ」
ユリウスの即答にフェリクスが思わず吹き出す。
「フェリクス」
「失礼しました」
全く反省していない顔だった。
ロシーナは小さく咳払いをする。
「実は、少し気になる話を聞いたんです」
二人の視線が集まった。
「気になる話?」
「はい。実は──」
♢
規制線の向こうでは調査員たちが忙しなく動いている。
ロシーナは実地調査の授業中、少し離れた場所から、その様子をしばし見つめていた。
「気になりますかな」
声を掛けられて振り返る。
剪定鋏を持った庭師だった。
「お爺さん」
ロシーナは頷いた。
「お爺さんも、ですか?」
庭師が苦笑する。
「あの辺りは身分の高い方が使う場所で、ワシの担当じゃあないからのう」
庭師は規制線の向こうを見た。
「ワシの祖父の代までは、誰でも自由に出入りしてたようだが……」
「昔からテラスがあったんですか?」
「いやいや」
庭師は首を振った。
「テラスができたのはここ数十年じゃな」
ロシーナは興味を惹かれた。
「では、その前は?」
「なにもなかったさ」
庭師は懐かしそうに笑う。
「まだ学園がここら一体の土地を買い上げる前のことじゃ」
「そんな昔のことまでご存知なんですか?」
「ワシの家は代々、ここらを管理してきたからなあ」
そう言って胸を張る。
「この辺りはその昔、貝殻捨て場だったそうじゃ」
ロシーナが目を瞬いた。
「貝殻捨て場?」
「ああ。近くの港の漁師たちが持ち込んでいたらしくてな」
その言葉に、ロシーナの思考が止まる。
貝殻は土とは違う。
落ち葉のように朽ちて消えるものではない。
そんなものが大量に埋められていたのなら──。
地下には今も何かが残っているのではないだろうか。
「その後、そこを埋め立て建てられたのが、今のテラスじゃ」
庭師の言葉が遠く聞こえる。
埋め立て。
ならば、その下は……?
♢
「貝殻……」
ロシーナの話を聞き終えたフェリクスが呟く。
「もし本当に大量の貝殻が埋まっているなら」
ロシーナは言葉を選びながら続けた。
「貝殻は土とは性質が違い、長い年月が経っても地下に残り続けることがあります。
もし今も地中に大量に残っているなら、地表とは別の環境ができていても不思議ではありません。
地下の土壌は長い時間をかけて、貝殻の影響を強く受けている可能性があります」
ユリウスの目が細くなる。
「つまり──」
「はい」
ロシーナは頷いた。
「温室裏の蒼玄草は鉄分を求めて根を伸ばしていました」
「だが、テラス下は違った」
ユリウスが続ける。
「鉄も、月光も届かぬ場所で。地下へとその根を伸ばしていた」
二人の会話を微動だにせず聞いていたフェリクスが弾けたように叫んだ。
「調査記録を!」
テーブルに広げていた記録書を勢いよく開く。
頁を捲る音が響いた。
「深部土壌の分析は……!」
頁を進め探す。
頁を戻り探す。
そして。
「……ない……」
「何?」
ユリウスが眉を上げた。
「採取したのは地表から根先の付近……」
フェリクスが顔を上げる。
「等間隔で採取し、平均化して分析しています」
ロシーナも気づいた。
「その下の、土を調べていない……」
「はい。研究者としてお恥ずかしい限りです」
フェリクスが額を押さえ、声を落とした。
「蒼玄草が根を伸ばしていた先の環境を、アルケミアは確認していません」




